2012年01月19日

ユダヤのジョークと沖縄のジョーク、そしてサラリーマン川柳

Okinawa-tiida03.jpgティ〜ダカンカンコーナー(あなた方の光を、輝かし……)マタイ5:16
               その2
ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜?  
数千年の歴史を通して、異民族による支配のもとでユダヤ人が、過酷な迫害を受けて、苦難の日々を堪え忍び、自らの国家を再建した。人類歴史上、一度失われた国家が、再建されたのは、イスラエル国家が初めてであります。その原動力になったのは、少なくとも三つあります。それは何でしょうか? 前回、このコーナーで二つ目まで話しましたが、覚えていますか?

一つ目は「教育を通してよく学ぶ」こと、二つ目は「ジョークを造り出す」ことでした。今回は、三つ目です。最も大切なことについて話します。それは、アボダ (労働と礼拝)です。前回の二つは、この労働と礼拝を支えるためにあると言っても、過言ではありません。

ヘブライ語の中には、一つの単語が、両極端の意味を持つことについて前にも話しましたが、このアボダ(労働と礼拝)もその一つです。ヘブライ語のアルファベットは、22文字(英語は26文字)だけですが、単語はすべて3文字の語源によって成り立っています。この語源が核になり、いろいろな規則にしたがって、派生語ができています。

ヘブライ語を子供に教える時は、一つ一つのアルファベットに数字と意味を持たせます。ヘブライ語で、「真実」と言う言葉は、アルファベットの最初の文字、中間の文字、最後の文字で構成されています。真実とは、ただ一つだけでなく、左にも、右にも、真ん中にも真実があるから、よく考えてそれを見つけましょう。と子供たちに教えています。バランス感覚に優れている証拠ですね。

「人間の価値は、『休み』によって計られる。」と言えば、わたしたち、日本人は「ええ〜っ、まさか?」と驚かれる人もいるかと思います。なぜなら、日本人は、きわめて勤勉で向上心が旺盛で,負けじ魂を持っていることにおいては、ユダヤ人とよく似ています。しかし、一つ大きな相違点があります。それは、ユダヤ人が、世界のどの民族よりも、「休み上手」である。

日本人は、勤勉に働くことに、使命感と喜びを持っていますが、休むことについては、罪悪感を少し抱く人がいます。休むことは、怠惰であり、怠け者である証拠だと思っています。しかし、今は、働きたくても職がない人たちがいます。本当に大変ですね。

戦前派の方々は、国のため、社会のため、家族のため、死に物狂いで、言い尽くせないほどの苦痛や苦難に耐えて、一所懸命に働いてきました。そのおかげで、今日の平和と繁栄があります。心から感謝したいと思います。

ユダヤ人は、なぜ、働くこと以上に、休むことを重視してきたのか? それは、「神を礼拝」するためです。わたしたち日本人は働くための準備として休む。そのために休日には、「外」に向かって精力的に活動する。ユダヤ人は、出かけないで家にいて、家族と過ごす。そして自分の時間を過ごす。それは、静かに自分を見つめ直すための時間です。

安息日を楽しむための日なのです。「主なる神は、人に安息日ごとに魂を取り戻させる。」そこで、彼らは、自問します。「もし、私が私のために、生きていないなら、だれが私のために生きるのか、もし、私が私のためだけに、生きているなら、私とは、だれなのか?」自分のために生きることと、他人のために、どのようなことができるか?を考える自分の時間を持つことです。

そのために、「私はどこから来たのか?」「何のために生きているのか?」「死んだらどうなるのか?」自問する大切な時間です。目に見えない「時間」を神聖なものとして、神が人に与えた、「特別の日」なのです。ユダヤ人には、自殺をする人が少ないと言われています。それは、自己の確立、他人との関係、神の恵みを日々感じて生活しているからです。

「ユダヤ人が、安息日を守ったので、安息日が、ユダヤ人をあらゆる敵から守った」とあります。 その通りだと思います。

ユダヤのジョーク

●昔、ラビの間で、「神はアダムが眠っている間に、アダムの胸から、あばら骨を一本取って、イブを造った」ことを巡り、論争が起きた。「いくら神であっても、人が眠っているときに、無断であばら骨を取ったというのは、盗みではないか?」というのである。すると一人のラビが「それは神が、盗むという行為の結果がロクなものではないことを人類に示すために、そうしたのだ」と主張しました。それに対して、もう一人のラビが「いや、銀のスプーンを盗んだ賊が、その代わりに高価な純金の燭台を置いて行ったのと同じことだ」と反論した。

ユダヤのジョーク

●「神が、最初の女を男の頭の骨から造らなかったのは、男を支配してはならないからである。しかし、足の骨から造らなかったのは、彼の奴隷になってはならないからである。あばら骨から造ったのは、彼女がいつも彼の心の近くにいて見守ることができるようにするためなのさ。」

ユダヤのジョーク

●あるラビが言った「神は、はじめに、たった一人の人間であるアダムを造った。何故初めから、十人、百人、千人の人間を造らなかったのか?」ひとりのラビが言った「それは、一人の人間を殺したら、全人類を殺すのと同じだということを教えるためだ。」もうひとりのラビが言った「それは、誰も自分の父親が他人の父親より偉いということを、言えないようにするためだ。」さらにほかのラビが言った「、誰もが、神が自分のために、世界を造ったと言えるようにするためだった。」と・・・
あなたはどのように考えますか?

●こんなナゾナゾがある。「アダムが一夜、イブの元に戻ってこなかった。そして、太陽が中天にかかるころに、ようやく帰ってきた。朝帰りである。ところが、エデンの園には、アダムとイブの二人しかいない。イブはアダムを迎えて、いったいどうするだろうか」というのである。正解は、イブは、何も言わずに、すぐにアダムのあばら骨の数を数えたということです。もし、もう一本減っていれば、神が、エデンの園のどこかに、もう一人の女性を造ったことになるからです。

ユダヤのジョーク

●「地球をおおった大洪水の時、あらゆる動物が、ノアの方舟にやって来た。善も急いで駆けつけた。すると、ノアが、善を乗せることを拒んだ。「わたしは、つがいしか乗せないことにしている」と言った。そこで、善は林に戻り、自分のつがいとなるべき相手を探した。そして、悪を伴って船に戻ってきた。それ以来、善のあるところには必ず悪があるようになったとさ。」

●評価の基準(タルムードの教え)

 ユダヤ人が人間を評価する三つの基準がある。

キソ  「さいふを入れるポケット」・・・その人が、
       金をどのように使っているか? 

コソ  「酒を飲むグラス」・・・その人が、
       酒を飲んで、どのような態度をとるか?

カソ  「人間の怒り」・・・その人が、どのような時に怒るか?

●沖縄の黄金の言葉

「男(イキガ)んかい 銭(ジン) 持(む)たしーね、狂(フ)り者(ムン)んかい 刃物(ハムン) 持(ム)たちぇーしとぅ 同(ユ)ぬむん。」この意味は、「男に銭を持たせるのは、狂者に刃物を持たすのとおなじもの。」男がお金を持つと何をするのか分からないので危ない。すなわち、すべて飲み食いのお代へと消えるか、それだけならまだいい、バクチのあげく喧嘩となって、殺傷事件へ発展する場合がある。だから男にはお
金をあまり持たせては、いけないという教えです。 


「酒(サキ) 飲(ヌ)ましわどぅ 人(チュ)ぬ 性分(ソーブ)のー分(ワ)かいる。」この意味は、「酒を飲ませて初めてその人の性分がわかる。」普段は、本当にやさしく人格者でも、酒が入ると変身する人がいるので気をつけなさいという教えです。

「意地(イジ)ぬ 出(ウン)じらー手(ティー) 引(ヒ)き、手(ティー)ぬ 出(ウン)じらー 意地(イジ) 引(ヒ)き。」この意味は、意地(怒り)が出たら、手を引け、手が出たら意地を引け。すなわち、かっとなったら手(暴力)をしないように、手が出そうになったら、怒りを鎮めなさいという、糸満の「白銀堂」由来にまつわる有名な教えです。

●沖縄のジョーク

「首里(スイ)ン人(チョ)― 揃(スリ)−揃(ズリ)―」この意味は、「スインチュー(首里の人)とスリーズリー(揃い揃い)」の語呂合わせで、首里の人は、王府に仕え、生活が保障されるために、連帯感を持って行動していたので、王家に歩調を合わせて歩むという。

「那覇(ナーファ)ン人(チョ)−銘々(ナー) 走(ハ)い走(バ)い」この意味は、「ナーファンチュー(那覇の人)とナーハイバイ」の語呂合わせで、那覇の人は、自ら商売などして自力で生活を切り開くために、バラバラに行動するという。

「久米村(クニンダ)ん人(チョ)― くんくるばーしぇー」この意味は、「クニンダンチュー(久米村の人)とクンクルバーシェー(押し転ばし合う)」の語呂合わせで、久米村の人は、出世の登竜門、目指して互いに押し合いへし合い競争をして進むという。よその者が、自由に移住することができなかった。

「泊(トゥマイ)ん人(チョ)―とぅめーいどぅめーい」この意味は、「トゥマインチュー(泊の人)とトゥメーイドゥメイ(探し出し、受け入れる)」の語呂合わせで、自分たちに賛同する人を、探し出して受け入れたという。

それぞれ、地域性を表しており、お互いに、自分たちのほうが、より優れている場所に住んでいると、相手を皮肉って、笑いの種にしていたようです。面白いですね。

●サラリーマン川柳

テーマ ダイエット

「食わぬのに なんで金くう ダイエット」

「理屈なら いろいろ知ってる ダイエット」

「ダイエット 太る速度に 追いつけず」

「苦労して やせては楽に 逆戻り」

「ボデコンを 無理してきたら ボンレスハム」

「ダイエット イヌの散歩で イヌがやせ」

「ダイエット グラムでやせて キロで増え」

「ダイエット 形状記憶で 元どおり」

「ダイエット スタートするが ゴールなし」

「やせてやる!コレ食べてから やせてやる」
             
          (平成サラリーマン川柳傑作選引用)


 

posted by 沖縄のホフマー at 22:37| Comment(1) | ティーダカンカン(ジョーク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

ユダヤの英知と沖縄の知恵(黄金の言葉)

shimasolt01.jpg島マースコーナー

(あなた方は、地の塩である) マタイ5:13 
                        その2

ハイサイ!
チャ〜ガンジュ〜?

ユダヤ教の中心戒律に「十戒」があります。映画にもなっているので、ご存知の方も多いと思います。この十戒には一つの特徴があります。それは、条文がすべて「あなたは…してはならない」と言うかたち、つまり二人称単数で書かれています。一定の集団に与えられた以上、「あなたがた」と複数になるのが当然ですが、十戒ではわざわざ単数形が使用されている。何故でしょうか?あなたはどう思いますか?答えは簡単でした。「他人はどうあれ、あなたは殺してはならない」という意味でした。「他人が何をやるかは関係ない、とにかく、あなた一人の問題だ」ということです。

エデンの園の場面でも、禁断の木の実を食べてしまった責任を、男は女に、女は蛇に押し付けた。人類最初の罪は、この責任転嫁にあったと言われています。

「ウチナ〜の黄金言葉」にも、他人に転嫁しないように、子供がまだ小さい時から、家での教育、しつけ、人間としての道徳心など、両親をはじめ、祖父母、親戚や隣人たちが熱心に教えた言葉がある。

「家習え(やあなれえ)ど、外(ふか)ならえ(なれえ)」

家の中での、日頃のしつけが、将来外に出た時の教育になる。家でのしつけが悪ければ、他人のせいにしたり、迷惑をかけたりします。家でのしつけが善ければ、正直にその通りに善い行いができるようになる。家庭での教育がどれほど大切ものであるかを説いています。

「わらびや、他人ぬ、しゅることどしゅる(することをする)」

幼い子供は、人がすることを見てそのとおりにまねる。両親は、日頃の生活の中で子供に対して良い模範を示すように、細心の努力を惜しまなかつた。

ヘブライ語では、「今」と言う語は、「アター(時に向かって)」という言葉で表現されています。ユダヤ人の時の概念は、時は人間の外にある客観的な物差しでなく、自分のうちにある固有の時としてとらえる。そのために「エート(時)」としないで、「イティー (私の時)」と言う言葉で表すことのほうが多いようです。ですから、いつ死んでもいいように、自分の時を大切に、身の回りを整えて生活しています。

「ウチナ〜の黄金言葉」にも、以下のことが言われています。

「生まりれー、ちゅとしんちゅ(同年の人)」

人間、生まれてこの世の中に出てきたら、みんな同年の人である。年の違いはあるけれども、だれが先にあの世へ召されるかわからないので、現世にいる間は、みな同年輩のようなものであります。ですから、自分の時をむだにしないで、目標に向かって努力しましょう。明日があると思ってはいけないよう。と戒められました。

「タルムード」の中に「自分を知ることが最大の知恵である」と書いてあります。
自分自身を知り、尊重することは、他人の意見や考え方も尊重することができるからです。

「世の中で、最も幸福な人はだれか、よき妻をめとった男」
その通りですね。あなたはどう思いますか? 

「ウチナ〜の黄金言葉」の中に「命どぅ宝」と書いてあります。
自分自身の命を大切にすることは、他人の命も大切にするからです。

「夫婦(みいとんだ)やかみの尻(ちび)ていいち」

沖縄では、夫婦が結婚するとき、この世だけでなく、あの世までもいっしょに、仲よく暮らすことを喜びとしました。そして「夫婦は二世の契り」として神聖な儀式が行われました。

「「夫婦(みいとんだ)やかみの尻(ちび)ていいち」上記の言葉の意味は、「夫婦が死ぬと、一つのかめ(じいしがあみ、骨を入れる大きな壺)に合葬されるので、あの世へ行っても一体である」ということです。


posted by 沖縄のホフマー at 09:33| Comment(2) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

沖縄の伝説と聖書の教えの類似性

tomoehoshi02.jpg「ウチナ〜moonのチムグクル&タルム〜ドの心」その2

ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜?


沖縄には面白い伝説がたくさんあります。それらは先祖代々受け継がれ、子孫のために残されてきました。それが「沖縄流的心」すなわち「ウチナ〜ンチュウのことわざ」やおきなわ伝説、風習として今日に至っています。しかも、それが聖書の教えと一致するところが、興味深いですね。

「ユダヤ流的心」との類似性について……
 

●「男はあばら骨が一本たりない」(イキガーヤーソーキブニヌ ティーチタラン)

沖縄の言い伝えでは、男性は女性に比べると、少し子供っぽくて、足りないところがあります。男性が何かへまをした時に、女性がこのように言ってからかいます。そして、「男は女にかかったらおろかになる」ともいいます。

一方、聖書でも「神ご自身にかたどって、人を造り、アダム(男性)を深く眠らせ、そのあばら骨を一本取って、イブ(女)を造った」とあります。(創2:21〜22)「タルムード」には、男と女が、なぜ、ひかれ合うのか、それは、「男は自分のあばら骨を取り戻そうとし、女は自分が出てきた男の胸に帰ろうとするから」だそうです。面白いですね。


●「天孫子の由来」

沖縄の最初の国王は、天孫子であるといいます。天帝(神)が、初めから天の世界(前世)にいたアマミク(イエス)とシネリク(ミカエル)に「この下にまだ島になっていないところがあるので、君たちが降りて島造りをせよ」と言われ、沖縄の神の島を造りました。そして、天帝(神)から男と女の神の子を貰い受けました。

一方、聖書でも、「この方(イエス)初めに神と共におられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたものでこの方によらずにできたものは、一つもない。」(ヨハネ1:2〜3)「神、は人をご自身のかたちに創造された。神、のかたちとして彼らを創造し、男と女に創造した。」(創1:27)と記されています。


●「豚と悪霊」(厄払い)

昔、沖縄では、家の隣に豚小屋(フール)がありました。そして、どこへ行っても豚と悪霊の信仰は伝えられており、夜道で幽霊に会ったときなどは、家に入る前に豚小屋に行き、豚を起こして、鳴かせてから、家に入る習慣がありました。悪霊は豚に乗りかえるものと信じられています。あるところでは、悪疫の厄払いをするのに、豚を海に追い落としました。また全部はもったいないので、頭と尻尾を落としたともいわれています。

一方、聖書でも、「そこで、悪霊どもは、その人から出て、豚の中に入り込んだ。すると、豚の群れは崖から湖へなだれを打って駆け下り、おぼれ死んでしまった。」(ルカ8:33)とあります。
 

●「シーサー」(獅子)

最初、首里城正殿、唐破風の前にそびえ立つ一対の獅子(シーサー)は、口をあけた獅子、そして、口を閉めた獅子、「阿吽」の一対をなしています。その獅子の「阿」は日本語で最初の文字「あ」、そして「吽」は最後の文字「ん」を表すといわれています。その後、沖縄の民家の屋根や門には、シーサーが、魔除けの守りとしておかれるようになりました。

一方、聖書でも、「ことは成就した。わたしはアルファーであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは渇くものには、いのちの水の泉から、価なしに飲ませよう。」(ヨハネ黙21:6)「……わたしは、最初であり、最後である……。」とあります。これは、イエス・キリストを表しています。

「ユダは、獅子の子。わが子よ、あなたは獲物を持って上ってくる。かれは雄獅子のようにうずくまり、雌獅子のように身を伏せる……。」獅子は、古代イスラエルのユダ族の神紋です。もともと沖縄には、いないシーサーが、なぜ沖縄の魔除けとしておかれたのでしょうか?不思議ですよね。もしかして、沖縄とユダヤは深い関係にあるのかもしれませんね。ちなみに、日本の神社におかれている一対は、獅子でなく、狛犬のようです。
 

●「出会えば、みな兄妹!」(イチャリバチョーデー!)


この言葉は、沖縄の心を余すところなく表わしています。私の大好きな言葉です。ウチナ〜ンチュウ(沖縄の人)は、例えば、実の姉や実の兄でなくても年上の人を「ネーネー(姉)」「ニーニー(兄)」と呼びます。親戚でなくても「ネーネー」「ニーニー」、文字通り、初対面の人に対しても感覚は同じです。


一方、聖書でも、イエスは言われた「ごらんなさい、ここにわたしの母、私の兄弟、また姉妹がいる。神の、みこころを行うものは、だれでも、わたしの兄弟、また姉妹、そして母なのである。」(マルコ3:34〜35)と記されています。

posted by 沖縄のホフマー at 09:48| Comment(0) | 沖縄・ユダヤ文化の類似性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

ユダヤのジョークと日本のサラリーマン川柳・・・その1

Okinawa-tiida03.jpgテイーダカンカンコーナー(あなた方の光を、輝かし…)マタイ5:16
その1

ハイサイ!
アーユ−チャ〜ガンジュ〜?

「数千年の歴史を通じて、ユダヤ人ほど異民族の下に支配され、過酷な迫害を受け、苦難の日々を送った民族は他に見当たりません。彼らはどのようにしてその苦難と迫害を乗り越え、ユダヤ民族としての同一性を保ちながら生活することができたのでしょうか?すべての人が知りたいテーマのひとつだと思います。

その原動力は、少なくとも三つあります。そのひとつは、前回「島マース」コーナーで紹介した「教育を通して学ぶ」ことです。もうひとつは次回ご紹介する予定の「労働と礼拝(アボダ)」。そしてもうひとつが今回紹介する「ジョークを作り出す」ことです。

ユダヤ人が集まると、必ず新しいジョークのネタの交換が始まります。彼らは、本当にジョークが大好き人間です。毎日の生活の中で、ジョークは知的なコミュニケーションの手段となっています。ですから父親はなるべく多くのジョークを記憶し、子供と話すときそれをフルに活用します。

母親も多くのナゾナゾを知っていて、子供が幼いころから質問攻めにします。あらゆることに疑問や興味・関心を持ち、深く考え、答えを見いだせるように考え抜く訓練です。これが幼児の英才教育です。ユダヤの教育の中心は、家庭にあるのです。また、彼らの持つ「楽観主義」の力が、あらゆる逆境からユダヤ人を守る「最強の武器」となってきました。

ウチナーンチュー(沖縄の人)にも共通点があります。琉球王統の流れは、神話の天孫氏王統から始まり、舜天王統(源為朝の子が最初の琉球国王になったという伝説があります)が三山時代を統一して、首里に琉球国王が誕生しました。

中国は、昔から自らを中華(世界の文化の中心地)と考え、周辺の人々を未開の民族だとする中国主体の思想がありました。中国皇帝は、自らを慕って貢物を携えてくる国や部族のリーダーに王位を授けました。琉球は、大きな権力に敢えて対抗せず、守礼の邦として中国との関係を深めます。その後、中山最後の国王尚泰の時代までの約500年間、中国に進貢することになります。

その間、琉球は海洋王国として栄え、ヨーロッパ人にレキオスまたはゴーレス人として知られるようになり、東南アジアにおける一大「大交易時代」を築きました。何故、東アジアに浮かぶ小さな王国がこれまで交易権を広げることができたのでしょうか?それは、ナンクルナイサー精神(何とかなるさ)を堅持し、その後に起こる薩摩の支配、去る大戦後の米国統治下にあっても力強く生き抜いてきました。

ちなみに、私は「沖縄のホフマー」と言いますが、「ホフマ」はヘブライ語で、「英知」(勉学の父)であり、同時に「ジョーク」(笑いの母)という意味も兼ね含んでおります。ひとつの単語が両極端の意味を持つということは、世界にもまれなことです。(その件については次回にも触れます)

ユダヤ人は、自分自身を客観的な立場から見つめ直すことができる民族です。「ヘブライ」という言葉自体にもともと「もう一方に立つ」「対岸に立つ」という意味があるのです。人々はユダヤ人のことを「学ぶ民族」「笑いの民族」と呼んでいます。

幼い頃、学校嫌いだったアインシュタインは「私にとって最大の学校は、ジョークである」と言いいました。
フロイトは、「ユダヤ人ほど、自分の欠点について楽しむことができる民族は、他にいないと思う」と言いました。

●世界の共通語

かつて世界中の人々は同じ言葉を使って、同じように話していました。ところが神をも畏れぬ傲慢さが募った人々は「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることがないようにしよう」と言い出しました。

神は塔のある町を見て、言われました。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。……彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう。」そしてそこから人々を全地に散らされました。(創11:1〜9)

人々が高慢にも神の警告に従わず、高いバベルの塔を築き始めたため、神の怒りに触れ、これまでひとつの言葉を話していたのですが、お互いに話が通じなくなってしまった訳です。神は人々の言葉を混乱(バラル)させ、彼らを全世界に散らされたのです。

しかしながら、神はひとつだけ世界共通の言葉を残して下さいました。それは何でしょう? みなさんわかりますか? ……そうです。それは「ハッハッハ」と笑うことです。笑いは世界を結ぶ唯一の共通語です。確かに、世界どこの国に行っても、笑いは「ハッハッハ」と表わします。ところが、日本人は「ハッハッハ」「ヒッヒッヒ」「フッフッフ」「ヘッヘッヘ」「ホッホッホ」と5種類の笑いを持っています。
 
●理想な生活

イスラエルで理想な生活といえば、「アメリカのサラリーをもらい、日本人女性を妻にして、中華料理を食べ、イギリスの家に住むことだね」ということです。これは世界中で言われている話でもあります。

あるパーティーで、最悪な生活とはどういう生活かということが話題になりました。「まず、中国のサラリーをもらい、日本の家に住み、イギリス人のコックを雇うことだろうな」と一人が言いました。「では、どこの国の妻をもらうのが一番悪いかね?」人々はすぐに意見が一致しました。「もちろん、アメリカ人の妻をもらうことさ」。

●不眠症の原因

ラビの一人が、朝、街を歩いていると、一人の少年がやって来ました。ラビは「シャローム」と言ってあいさつしました。それなのに、少年はぼんやりしています。そこで、もう一回、大きな声で「シャローム、今朝は元気かね?」と聞きました。すると少年はわれに返って、ていねいにあいさつを返しました。「実は昨日、ラビの説教を聞いたら、夜も眠れなくて困りましたよ。朝まで起きていました。」

ラビは深く感動しました。自分の説教がそれだけ人を動かしたのです。そこで、満面微笑みをたたえて、少年に言いました。「私の話がそんなにあなたの心を動かしたとは!しかし、眠れなかったというのは気の毒でした。人間は何事も、あまり思いつめないほうがいいですよ」ラビがそういうと、少年はちょっと気まずいような顔をしました。「ラビ、私はあなたの話の間、いつも寝てしまうんです。だから、夜になると眠れないんですよ」。

●サラリーマン川柳

「良い家内 十年たったら おっかない。」

「我がママは わがまま気まま なすがまま。」

「愚痴言える 家のママより 店のママ。」

「恋女房 今は化粧の 濃い女房。」

「妻だから 運転できる 火の車。」

「クレジット 支払かさみ 暮れじっと。」

「親の夢 つぎつぎ消して 子は育つ。」

「天国も 地獄もくれて 娘は嫁ぐ。」

「毎日を 規則正しく 不摂生。」

     (平成サラリーマン川柳傑作選引用)

posted by 沖縄のホフマー at 21:59| Comment(0) | ティーダカンカン(ジョーク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

ユダヤ人の教育と日本の教育の違い、考え方の違い?

島マースコーナー(あなたはがたは、地の塩である) マタイ5:13
                                                       その1
 
shimasolt01.jpgハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜? 
 
 私がなぜ、ユダヤ人に関心を持つようになったかといえば、現在、ユダヤ人は全世界に1,300万人いるといわれている。世界の人口の0.2%に過ぎない。しかしユダヤ人ほどあらゆる分野で成功を収めている民族はいない。

 ユダヤ人についてまず思い浮かぶのは「頭がいい」「金儲けがうまい」ということである。そして、ユダヤ人の頭脳的パワーや頭の鋭さの秘密は、ユダヤ人独特の「5000年の英知」にあると言われています。彼らは有史以来多くの創造的な人材を生み出し、世界の歴史を動かしてきた。たとえば、ノーベル賞一つとっても、1901年以来、経済で65%、医学で23%、物理で22%、科学で11%、文学で7%の受賞者がユダヤ人である。

 彼らがなぜ、このように優秀な人物なのか、それは彼らの教育にあります。ユダヤの母親は、子供が2〜3歳になると毎晩寝る前に、楽しいナゾナゾゲームをやり、子供によく考えるようにさせ、5歳になったら、聖典のページを開きその上に、蜜を一滴落として、子供に口づけさせ、学問がもたらす成果が甘いものであることを教える習慣がある。アルファベットの文字を教えるときも、蜜入りのクッキーで文字の形をつくり、一つずつそれを食べさせながら、文字を覚えさせる。学ぶことは、楽しくて甘いものであることを知る。

 小学校に入学するとき、日本の母親でしたら、毎日家を出る前に「先生の言うことを静かによく聞くのよ。」と言って送り出す。ユダヤの母親は、「学校に行ったら、先生にたくさん質問するのよ。」帰ってきたら、お母さんにも教えてねと言って送り出す。子供が帰ってきたら,早速、いくつ質問したの?どんな質問したの?と聞いてから、褒めてあげ、おいしいおやつをもらう。

 子供は、よし、明日ももっと頑張って質問しようと張り切る。確かに質問するからには、何がわかって、何がわからないのか区別できないと質問ができないので、一生懸命学び、わからないことを質問する。「学問とは、問うて学ぶ。」と書きます。

 それを毎日実践しているのがユダヤ人です。そして同時に「学校は、他人と違うことを大切にすることを学ぶ。」 「その人でなければ持っていない力を引き出すことが、教育である。」

 日本の教育は、どちらかといえば、受け身の教育です。ただ静かに集中して聞き、先生や仲間と同じ考え方になることを望む。したがって、他人と違う意見を言うことや質問することに抵抗を感じる。また、それにたいするいじめなどがあり、子供たちが学校嫌いになったり、不登校生が増えるのも無理のないことだと思います。

 「ユダヤ人が二人寄ると、三つの意見が出て,四つの政党が生まれる。」、昔からそう言われてきた。建国以来半世紀余り、イスラエルでは、一つの政党が過半数を占めたことが一度もない。現在、十の政党が、大なり小なりひしめき合っている。

 ユダヤ人の考えは、「意見が多ければ多いほど良い、多ければ、それだけ真理に近づける。」だから違った意見を喜び、大事にする。好んで耳を傾ける。そして、より良い結論を見出すまで努力する。

 「ヘブライ」の意味は「もう一方に立つ」すなわち、客観的な立場から自分を見つめ直すことができる。一方のことだけにこだわらないで、柔軟性を持つこと。

 ヘブル語には、一つの単語で、二つの違った意味を持つ言葉が多いのも面白いですね。たとえば、わたしは「沖縄のホフマー」といいますが、ヘブル語で「ホフマ」の意味は、「英知」と「ジョーク」です。相反する意味を持っているのが大好きです。

 ユダヤ人はバランス感覚がいいですね。あなたはどう思いますか?


posted by 沖縄のホフマー at 14:07| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

沖縄・ユダヤの類似性

tomoehoshi02.jpgハイサイ! チャ〜ガンジュ〜ヤミセ〜ンナ〜?
(こんにちは!お元気ですか?)  その1

「ウチナ〜moonのチムグクル」(沖縄流的心)に、なぜ、“moon”(月)が付いているのと聞かれる前に、説明しますね。

それは、沖縄の年中行事は、太陽暦ではなくすべて太陰暦(旧暦)に基づいて行われているので、ウチナ〜ム〜ン(沖縄のもの)と言う語呂合わせで付けました。

ウチナ〜ンチュウ(沖縄人)は、先祖代々、信仰心が篤く、家族と親族との繋がりも強いのです。一門として毎年年中行事が行われ、古来の風習、習慣が現在でも色濃く残っているところもあります。そしてそれがユダヤの文化と非常によく似ているのです。ユダヤでも同じ日(旧暦)に沖縄と同じような行事や儀式が現在でも行われています。

そこで「ウチナ〜moonのチムグクル」(沖縄流的心−沖縄文化)と「タルム〜ドの心」(ユダヤ流的心−ユダヤ文化)に、なぜ類似性があるのか? 一緒に考えてみることにします。

実例として、以下に沖縄の行事とユダヤの行事を列記してみました。

<沖縄の行事>

● 14日 年の夜(トゥシヌユル) 
旧暦正月の前夜(大晦日)新年を迎える儀礼がおこなわれる。 大掃除、門松、(3本の竹が門を表し赤い花は、血を表している)鏡餅、しめ縄を飾る。夜は一家で肉料理等の御馳走を頂く、夜道し起きて夜明けを待つ。そうしないと、魂を抜かれるとか、災いに会うといわれている。

● 15日 正月(祝日)
7日間続く、20日正月。1日が正月だが、15日〜20日にまた、小正月がくる。御馳走を供え、餅(種なしパン)を食べ、20日正月を締めくくる。

● 16日祭(ジュウルクニチ) 後世(グソー)の正月
この日、家族や一族が揃って御馳走やお酒を持って墓参りをして、先祖の正月を祝う。最初に死んで蘇った方(初穂)の祭りであろうとも言われている。

<ユダヤの行事>

● 正月14日 過越の祭り
正月の14日の夕は主の過越の祭りである。 (レビ23:5) 夕暮れに子羊を食し、その血を家の入口の2つの柱とかもいにそれを塗らなければならない。(出エジプト12:6〜7)わたしがエジプトの国を撃つ時滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。(出エジプト12:13)

● 15日 種なしパンの祭り(安息日) 
7日間続く、21日の夕方まで種を入れぬパンを食べなければならない。(出エジプト12:18) 

● 16日 初穂の祭り

「イスラエルの人々に言い、わたしが与える地に入って穀物の初穂の束を祭司の所へ携えてこなければならない。…祭司は安息日の翌日に、これを揺り動かすであろう。」(レビ23:10〜11)

3日間の儀式の中に、新年を迎えるために、主が「約束の民」に与えた契約と祝福の賜物だとわたしは感じていますが、あなたはどう感じますか?       (月刊誌レムナント2005年5月号 p24〜25引用)
posted by 沖縄のホフマー at 22:21| Comment(0) | 沖縄・ユダヤ文化の類似性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

「はじめまして!」

はじめまして!

はじめてブログなるものに挑戦する、沖縄と妻と歌をこよなく愛する平和主義者−「沖縄のホフマー(知恵・ジョーク)」と申します。人生の究極の目的が、永遠に続く真の「喜び」と「幸福」を得ることだと確信し、目下自らの年齢もそっちのけで、ボランティア活動、囲碁、太極拳、ゴルフ、歌謡(懐メロ)も含めあらゆる良き事柄に果敢に挑戦しております。どうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、その心の若さを保つつ、喜びを得る活動のひとつに沖縄のアイデンティティー(信仰のルーツ)探しがあります。沖縄の文化と聖書中のユダヤ文化との間には非常に多くの類似点があります。それらを検証する中で、古代沖縄の先祖が実は聖書の教えを知り、守り伝えていた「神の民」であった可能性が浮かび上がってきました。このサイトでは、そのことをより深く研究し、知り得た事柄を皆さんに紹介していきたいと思っております。


また、その研究をさらに深めていくに当たっては、皆さんからの投稿や情報の提供も大いに歓迎いたします。


さらに、真の喜びと幸福に満ちた人生を過ごすための大切な鍵や知恵・ジョークを「島マース」「ティーダカンカン」コーナーでお届けするつもりです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

posted by 沖縄のホフマー at 15:33| Comment(0) | 紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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