2012年05月04日

日本語と諸外国語との類似性&沖縄の行事と習慣と聖書の教え&景教と空海の関係

shimasolt01.jpg島マースーコーナー(あなたがたは、地の塩である)マタイ5:13
  その4

ハイサイ!
Are You チャ〜ガンジュ〜?

 
 前回、このコーナーで、現在、異なった国々の人々は、異なった言語を使って生活していますが、共通点も多々あります。
日本語の語彙は、中国語起源のものもあるし,朝鮮語起源のものもあり、またほかのアジアの諸民族起源のものもあります。
その中でも、特にヘブライ語起源のものが、多く見受けられます。「似たような発音と意味」の関連性を通して言語学を学ぶことも、楽しいかも知れませんね。


  たとえば、「イチ、ニ、サン、シィ、ゴ、ロク、ナナ、ハチ、キュウ、ジュー」という数え方は、中国語起源(漢数字)で、「イ、アル、サン、スー、リュウ、チー、パー、チィオウ、シー」が基になっている。しかし、もうひとつの数え方の「ヒィ、フゥ、ミィ、ヨォ、イッ、ムゥ、ナナァ、ヤァ、ココノ、トゥ」は和語で、ヘブライ語起源と言われています。 
 

 この言葉は、もともと、天照大神が天の岩屋戸の中に隠れ、世の中が真っ暗になった。この時、女神にそこから出てもらうために、女祭司コヤネが、他の神々の見守る中「祝詞」すなわち祈祷文を唱えた。それが、「ヒィ、フゥ、ミィ・・・」であった。
現在でも、神道の鎮魂法の祓詞として用いられています。

 
 この言葉は、日本語としてみると、特にこれとった意味はないのですが、これをヘブライ語としてみると、意味の通る言葉として、理解される。「ヒァ、ファ、ミィ、ヨッ、ツィァ、マ、ナーネ、ヤァ、カヘナ、トウォ」と発音され、、少しの訛りを修正すれば、つぎの意訳になります。「誰がその美しいかた(女神)を連れ出すのでしょう。彼女が出てくるために、誘いにいかなる言葉をかけるのでしょう。」という美しい詩文になります。


 以前、ハンガリー出身の数学者、ピーター・フランクルさんが、日本のテレビで、「日本語の塩、と水は、ハンガリー語でも「シオ」と「ミズ」と言います。日本人がそう言っても通じますよ。」と・・・。
ハンガリーと日本は、シルクロードの両端にあたるが、同じ言葉が存在するて、いいですね!

 
 

 日本人は、親しい人を呼ぶときに、「〜ちゃん」という。しかし、ロシア中央部に住むモンゴロイド系民族の中に、これとまったく同じ言い方をしている民族がおります。この前、テレビのクイズ番組の中で、彼らも互いを「〜ちゃん」と呼び合っていました。

 

  一方、ヒマラヤ山脈の麓に住むレプチャ族の言葉にも、日本語と同じものがあります。たとえば、「売る」は「ウル」、「汁」は「シル」「青」は「アオ」、背高「ノッポ」は「ニッボ」など・・・

 
 

 日本語の「ありがとう」は、ヘブライ語で「アリ・ガドゥ」(私にとって幸運です)と言う。「辺り」は「アタリ」、「壁」は「カベ」、「火傷」は「ヤケド」、「匂い」は「ニホヒ」、「刈る」は「カラ」、「許す」は「ユルス」(取らせる)、「登る」は「ノボー」、「憎む」は「ニクム」(復讐する)、「商う」は「アキナフ」(買う)、「かぶる」は「カブル」(うずくまる)、「書く」は「カク」、「住む」は「スム」、「訛る」は「ナマル」、「庇う」は「カバァ」、「困る」は「コマル」、「積もる」は「ツボル」、「いつ」は「イツ」、「童」は「ワラド」、「終り」は「アハリ」、「今日」は「カヨム」、「座る」は「スワル」(休む)など・・・


 このように、ヘブライ語との共通点がありますが、これは、ほんの一部にしか過ぎません。

 
 前回、英語の「History(歴史)」の語源は、「His Story(救い主の物語)」であると言いました。世界の国々の歴史や文化や言語に、
聖書の教えと深い関係があること、そして、沖縄の習慣や行事にも、聖書の教えとの類似性があります。

 
 

 たとえば、沖縄でサン(またはサンゲー)と言えば、ススキで作られた十字の型の魔除けのことです。それがイエスの十字架から発して
いると考えるウチナンチュウは、決して多くはいません。しかし、サンが魔除けであることには、聖書的な意味があると思います。


 「イエス・キリストは、33年間地上で生活なされ、十字架上で全人類の罪を贖いました。そして、葬られて3日目に復活され、40日間、十二使徒たちをはじめ、多くの人たちに、病を癒し、悪霊を追い出す力(権能)を与えました。ですから、十字架は、永遠の生命と力のシンボルです。

 
 

 十字といえば、昔、沖縄では、人が亡くなると遺体の枕元に「ムイバン」(盛ご飯のこと、茶碗のご飯に箸を十字に立てる)を置く。人が死ん
でから、1週間目に、外で燃やしていた火を消すときに、用いる道具はサンに3枚肉をはさんだもの、そして、ふたりのガードマンを両側に立てました。
 その理由は、万が一、他人がそこを通れば、悪霊がその人の中に入って死んでしまうと考えていたからです。ですから、この行事が、いかに厳粛、かつ厳格に行われていたかが分かります。

 
 「カジマヤー」(97才の長寿祝い)も、十字架にちなんだ行事です。カジマヤーとは、沖縄の方言で、「十字路」であり、「風車」を意味します。
97才の高齢になったら、「風車」で遊ぶ子供のような純粋な心に戻り、神の子のようになるという意味です。

 
 

 昔は、門中の人たちが集まって、カジマヤ―祝いの老人をカゴや馬車に乗せて、集落の七つの十字路(カジマヤー)を練り歩いて、お祝いを
しました。今は、オープンカーに乗って、赤色や黄金色のチャンチャンコや頭巾やハチマキをして、風車を持って沿道の人たちに手を振って、
長寿を分かち合っています。毎年、旧暦の9月7日に行われています。

 
 ミントングスクの伝承では、カジマヤーと神様が結びついています。「十字のカジマヤーは風車、しかし、それだけでは回らない。神様がその中心に息を吹きかけて初めて回り、生きることができる。1枚の羽は、アルファ(ギリシャ語の最初の文字)であり、4枚の羽が回ってオメガ(ギリシャ語の最後の文字)になる。」と・・・

 
 

 イエスが葬られたお墓は、岩をくりぬいたもので、広い岩室が設けられていました。沖縄のお墓も岩をくりぬいたり、緩やかな斜面を利用して、造ったものに、亀甲墓があります。亀の甲羅状の石の屋根の下に、畳にして4畳から大きい場合は8畳もある石室が設けられています。

 その理由は、当時は火葬はなく、死後数年間は遺骸を石室内に放置して、数年後に親族で洗骨して改めて骨壷に納骨して石室に収めた。石室は階段状になっており、一番奥の高いところに、一番古い先祖の骨壷から順序よく置いていった。

 亀の甲羅状の屋根が覆う部分は、母の胎内を表し、そこから人が生まれてきた出生以前の胎内を意味しています。

 
 

 中国の易経の世界観は、人の一生は、誕生以前の闇の黒冬、青春(青年期)、朱夏(壮年期前期)、白秋(壮年期後期)を経て、老い衰えて目も見えず、耳も聞こえず再び死の闇に戻る。この四つの季節に、東西南北が当てられ、それぞれを四聖獣が守護するといわれ、北の玄冬(老年期)に当てられているのが、伝説上の亀の一種、玄武であることから、母体の中の闇の世界を亀の甲羅で覆ったのであると考えられます。

 
 

 こうしたお墓は、沖縄本島の中南部によく見られますが、それ以外にも台湾、香港、中国の福建省などに多く見られます。景教徒が中国大陸の宗教や文化に大きな影響を与えたことがわかります。


 578年に、「西方の地」から景教徒が中国にやって来たが、当時の中国の皇帝は、まだ外国の宗教に対してオープンではなかった。皇帝は儒教徒の主張に従い、外国の仏教やキリスト教にも門戸を開いていなかった。そのために景教徒が中国に入っても、すぐにキリスト教の伝道が進んだわけではなかった。

 

 しかし、唐の「太宗」皇帝(在位626〜649)の時代になって状況が一変した。太宗は名君と言われ、広い心と包容力を持ち、洗練された文化を愛して、良いものなら、何でも外国からも取り入れた。635年に、景教徒オロペンは、21人の聖徒を率い、中国・長安に入って皇帝に謁見した。そして、キリスト教の教えについて、皇帝に説明すると、皇帝は感激して、「これほどの真理は儒教にも仏教にもない。朕(私)自ら信じるので、全国民よ、朕に学べ。」と述べたという。

 
 

 大宗はその後、景教徒たちに書殿において聖書を中国語に翻訳させ、自らその教えを宮中で学んだ。皇帝はまた、景教徒の中国での宣教を許可、638年に全国に布令を発した。同年に最初の景教のキリスト教会を、長安の都、に建設された。その後、中国各地に、キリスト教会が建てられました。

 
 

 空海は、805年、留学生として、最澄、遣唐使たちとともに、唐に渡り、長安にある仏教寺院・西明寺に入り、その後、諸寺を歴訪して師を求め、ついに長安の青竜寺の僧「恵果」に出会う。恵果は「真言密教」(真言宗)の僧侶で、真言宗第7世と呼ばれた人である。彼は中国の真言宗の大成者「不空」の弟子であった。

 空海は、この恵果から真言密教を学び、真言宗第8世となった。

 
 中国の長安の都には、空海がいた同じ居住区に、歩いていける距離に、景教の教会「大秦寺」があった。そこには、有名な景教碑の碑文を書いた「景淨」がいた。

 景浄は、カシミール出身の「般若三蔵」と交流があり、彼に景教の伝道を行なっていました。彼は景教にしだいに心酔し始めていました。

 般若三蔵は、空海にサンクリット語を教えた先生でした。二人はかなり激しい議論をかわした。特に絶対者をめぐっての論争で、実在する救い主は誰か?

 
 空海は、それは「仏陀だ」と答えた。それに対して、般若三蔵は、「違う、イエスだ」と反論した。こうした議論を通して、空海はキリスト教についてかなりの知識を吸収したのである。この時、空海は、景教徒にはならなかったが、その後の彼の思想や言動を見てみるとかなり景教の教えを吸収していたことがわかります。

 
 空海は、長安の都で、「マタイの福音書」や「新約聖書」を得て、日本に持ち帰った。真言宗の総本山・高野山のお寺の宝物庫に保管されていると言われています。

 ちなみに、あの景浄の碑文「大秦景教流行中国碑」のレプリカが、高野山にありますので、訪問される時には、漢和辞典を持って、読んでみてはいかがですか?

 
 1200年前の中国でのキリスト教徒が、どのような生活をしていたかがわかりますよ。

次の早い時期に、「大秦景教流行中国碑」の内容について検証したいと思います。 ご期待下さい!
 
 
 
 
 
 
 
posted by 沖縄のホフマー at 19:29| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

沖縄の文化と神話、ユダヤの文化と聖書の教えの類似性について  その3

shimasolt01.jpg島マースコーナー(あなたがたは、地の塩である)マタイ5:13
             その3

ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜?


  テイーダカンカンコーナーその1で、かつて世界中の人々は、一つの民で、みな一つの言葉を話していたが、人々が高慢になり、神の警告に従わず、高いバベルの塔を築き始めたため、神の怒りに触れ、これまで一つの言葉を話していたのですが、お互いに話が通じなくなり、彼らは全地に散らされてしまったと話しました。 確かに、現在多くの異なった国々で異なった言語がありますが、その中にも、共通点があります。


 特に日本語とヘブライ語には、共通点が多々あります。幼いころよく「ジャン、ケン、ポン」をして遊びました。今でも順番を決める時や勝敗を決める時に使いますが、ヘブライ語では「ツバン、クェン、ポー」と言います。発音も似てますね。(グウ=(隠す)、チョキ=(準備する)、パー=来い)の意味です。 また「さようなら」には、ヘブライ語で「サィル、ニァラー」(悪魔よ追い払われよ)の意味があります。英語では、「Good-bye」と言い、「God be with you(神があなたと一緒にいますように・・)」の意味が省略されています。


英語の「History(歴史)」の語源は「His story(救い主の物語)」世界のあらゆる時代の歴史、あらゆる分野の歴史、国家、国民、社会,個人の歴史は、すべて救い主の教えに深く結びついています。


沖縄の祭りや綱引きの時に,囃子かける時に「ハーイヤー!」「ハーイヤー!」と大きな声で叫んでいますが、ヘブライ語の「ハーイー!」は「命」「生きる」「ヤー!」は「神様」を表しています。ですから、「神は生きている!」「神は命!」と言う意味です。わたしたちは、この意味も分からずに、ただ叫んでいますが、わたしたちの先祖は、その意味をよく理解していたのかもしれません。


沖縄の神話や文化とユダヤの文化や聖書の教えの類似性について検証してみましょう。


 沖縄の風習に、捧げ物の塩があります。供え物と一緒に供える。葬儀の後に清めの塩を振る。神事には、欠かせない聖く大切な物でした。


● マースデー(塩代)
赤ちゃんが生まれると、「マースデー」として祝い金をあげる。それはこの子が一生の生活に困らないようにとの思いが込められています。
島塩は神の守り、祝福を表し、特別な取り扱いや分け前をあたえる。塩は清めや癒し(地の悪を取り、水を清める)にも使われました。
塩の契約を持つ人になることは、その人を通して癒し、清める働きができる。
 
「あなたの穀物の捧げものにはすべて、塩で味をつけんければならない。あなたの穀物の捧げものにあなたの神の契約の塩を欠かしては
 ならない。あなたの捧げものには,いつでも塩を添えてささげなければならない。」 (レビ2:13)

● 中神(柱)
沖縄の神は、三本の香で表します。四隅(十二香)の拝みの後、屋敷の中で中神の神を拝む儀式の中心になります。沖縄の三神は、
1.天の神、2.女から生まれた神(又は左の神)、3.天から下った火の神がおられると信じられています。それは、聖書に出てくる
1.天の父なる神様、2.処女マリヤから生まれた御子イエス・キリスト、3.天から下った聖霊なる神と一致します。 面白いですね。


● ナーチャミー(三日後)女の墓参り
人が死んだら、首里では、葬式の三日後に、女の墓参りというのをする。首里以外の地方では、アーチャミー(翌日参り)であるようで
すが、この墓参りには、男は行かないようです。キリストが死んでから、三日後に、マグダラのマリヤやほかの女たちが、墓参りをした
らキリストは復活していたという聖書の聖句とよく似た話であり、女ばかりの墓参りといい、三日目の出来事と言い、何らかの関連があ
るように思います。

 
  沖縄の神話


● ミントングスクの謎

ニライカナイとは、東の海のはるかかなたに理想郷がある。そこからアマミキヨ族がやって来て、上陸してから住まいとした聖地が、
ミントングスクと言われている。ウチナンチュの先祖はこの地から発祥して、各地に散り、かつ繁栄した。民間伝承に「元屋(むうとぅや)
はミントン」という言葉があるように、ウチナンチュは、東の海のはるかかなたから渡来した民族の祖先を忘れたことがなかった。

「アマミキヨ」とは、「誰のことでしょう。」アマミとは、海(アマ)または天(アマ)であり、海人(アマ)が転化したもの、キヨとは、人のことです。
古代海人(アマ)たちは、東方の海域で、活躍していた海洋民族のようです。一説には「奄美の人」とも言われています。


「ニライカナイ」の「ニライ」とは、「ニルヤ、」「ネリヤ、」「ニロー」など島によって、異なった名称で呼ばれています。「東の海のかなたに、
満ち足りた国、」「あらゆるものの根元の国が存在する。」といった思想、信仰があります。「カナイ」とは、イスラエルの民の約束の地
「カナン」と同意語のように感じられます。

ミントングスクは、現在の南城市玉城仲村渠にあります。グスクと言っても城跡ではなく、住居跡であり、同時に拝所であり、墓地でもありま
した。 かつては石積で囲まれていた祭祀跡でもあります。標高110m、古代にはクバが生い茂っていたというこの”聖なる森”はニライ
カナイから渡来したアマミキオが、百名海岸のヤハラズカサの浜に上陸し、近くの浜川御嶽で仮住まいしたのち、安住の後と定めた場所
です。

「中山世鑑」には、アマミキヨ女神(国母)シネリキヨ男神(国父)として、子孫が繁栄して、沖縄中に広がっていったと伝えています
アマミキヨには、3男2女が生まれた。長男は首里天孫子と名乗る初代国王となった。次男は按司の始まり、三男は農業の指導者、
長女は君々の聞得大君の始まり、次女はノロの始まりとなった。アマミキヨは何回も渡来し、その方たちは、みなアマミキヨ神と呼ばれた。
そして、彼らが、定住したこのミントングスクには、


● 4つの香炉とひとつの位牌が安置されています。
現在、祭壇には、左から「シネリキヨ」、「アマミキヨ」、「天孫子」、「明東」があり、中央に位牌があります。


● 「12菊」に「三つ巴」神紋
神壇に彫刻された神紋、「12葉の菊」に「三つ巴」を重ね合わせたデザインになっています。琉球王朝の紋は、左巻きの「三つ巴」ですが、
こちらは、右巻きの「三つ巴」です。ミントングスクの先代当主が自ら彫刻したものだと言われています。神紋の意味は、「12部族」、
「12人の子供」、「三位三体」、「光の三原素」などいろいろな説があるようです。

この神紋と琉球王国の紋「三つ巴」は、日本の三種の神器のひとつである、勾玉を表しています。この勾玉の形は、ヘブル語の「ヨッド」を表し、ユダヤ教の神、ヤハウェの頭文字を表しています。

● ニライカナイの遥拝所
石段を上がった神域に、ニライカナイへの遥拝所(拝む位置に香炉が置かれてある)がある。高地聖所であるミントングスクは太陽崇拝
の祭壇であり、「東の海の向こうにある理想郷を拝む場所」のはずが、実は西を向いている。ニライカナイはどこにあるのだろうか?
ニライカナイ信仰は、水平思想なので、どの方向から祈っても願いはかなえられると言うことなのでしょうか?


● 半球の石
ミントン家の根所(祭祀場)には、直径50cmほどの「半球の石」と「火の神」と「香炉」が祀られています。根所は戦争で焼失したが
戦後になって再建された拝所に、「半球の石」が祀られています。これは「地球の半分」を表していて、あとの半分はニライカナイにあり、それが一つになるとき(ウリムとトンミム)すべてが明らかになるのでしょうか?


● アマミキヨの神面
戦争以前、ミントングスクには、二本の角が生えた「アマミキヨの神面」が祀られていたが、戦火により焼失したが、2009年に復元された。
何故、二本の角があったのか?不思議ですね。

 確か、ルネッサンス時代の大天才画家レオナルド・ダビンチのライバルであった、ミケランジェロの「モーセの彫刻」の前頭にも二本の角が
あります。それは、神から啓示を受けて顔から光が反射していることを、表しています。

 アマミキヨの神面は昔は「粘土でできていた」と言われています。昔のお葬式で、人が亡くなりますと「アダマーの神様、これらかそちら
へ行く(故人の名前)をよろしくお願いします。」と冥福を祈っていました。 この「アダマー」はヘブル語で、土を表しています。

「・・・あなたは土から造られたのだから、死んだら土(アダマー)に帰る。」(創3:19)
アマミキヨが、アダマーの神であるなら、男性の神ではないでしょうか? あなたはどう思いますか?

 
 
 
posted by 沖縄のホフマー at 12:58| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

ユダヤの英知と沖縄の知恵(黄金の言葉)

shimasolt01.jpg島マースコーナー

(あなた方は、地の塩である) マタイ5:13 
                        その2

ハイサイ!
チャ〜ガンジュ〜?

ユダヤ教の中心戒律に「十戒」があります。映画にもなっているので、ご存知の方も多いと思います。この十戒には一つの特徴があります。それは、条文がすべて「あなたは…してはならない」と言うかたち、つまり二人称単数で書かれています。一定の集団に与えられた以上、「あなたがた」と複数になるのが当然ですが、十戒ではわざわざ単数形が使用されている。何故でしょうか?あなたはどう思いますか?答えは簡単でした。「他人はどうあれ、あなたは殺してはならない」という意味でした。「他人が何をやるかは関係ない、とにかく、あなた一人の問題だ」ということです。

エデンの園の場面でも、禁断の木の実を食べてしまった責任を、男は女に、女は蛇に押し付けた。人類最初の罪は、この責任転嫁にあったと言われています。

「ウチナ〜の黄金言葉」にも、他人に転嫁しないように、子供がまだ小さい時から、家での教育、しつけ、人間としての道徳心など、両親をはじめ、祖父母、親戚や隣人たちが熱心に教えた言葉がある。

「家習え(やあなれえ)ど、外(ふか)ならえ(なれえ)」

家の中での、日頃のしつけが、将来外に出た時の教育になる。家でのしつけが悪ければ、他人のせいにしたり、迷惑をかけたりします。家でのしつけが善ければ、正直にその通りに善い行いができるようになる。家庭での教育がどれほど大切ものであるかを説いています。

「わらびや、他人ぬ、しゅることどしゅる(することをする)」

幼い子供は、人がすることを見てそのとおりにまねる。両親は、日頃の生活の中で子供に対して良い模範を示すように、細心の努力を惜しまなかつた。

ヘブライ語では、「今」と言う語は、「アター(時に向かって)」という言葉で表現されています。ユダヤ人の時の概念は、時は人間の外にある客観的な物差しでなく、自分のうちにある固有の時としてとらえる。そのために「エート(時)」としないで、「イティー (私の時)」と言う言葉で表すことのほうが多いようです。ですから、いつ死んでもいいように、自分の時を大切に、身の回りを整えて生活しています。

「ウチナ〜の黄金言葉」にも、以下のことが言われています。

「生まりれー、ちゅとしんちゅ(同年の人)」

人間、生まれてこの世の中に出てきたら、みんな同年の人である。年の違いはあるけれども、だれが先にあの世へ召されるかわからないので、現世にいる間は、みな同年輩のようなものであります。ですから、自分の時をむだにしないで、目標に向かって努力しましょう。明日があると思ってはいけないよう。と戒められました。

「タルムード」の中に「自分を知ることが最大の知恵である」と書いてあります。
自分自身を知り、尊重することは、他人の意見や考え方も尊重することができるからです。

「世の中で、最も幸福な人はだれか、よき妻をめとった男」
その通りですね。あなたはどう思いますか? 

「ウチナ〜の黄金言葉」の中に「命どぅ宝」と書いてあります。
自分自身の命を大切にすることは、他人の命も大切にするからです。

「夫婦(みいとんだ)やかみの尻(ちび)ていいち」

沖縄では、夫婦が結婚するとき、この世だけでなく、あの世までもいっしょに、仲よく暮らすことを喜びとしました。そして「夫婦は二世の契り」として神聖な儀式が行われました。

「「夫婦(みいとんだ)やかみの尻(ちび)ていいち」上記の言葉の意味は、「夫婦が死ぬと、一つのかめ(じいしがあみ、骨を入れる大きな壺)に合葬されるので、あの世へ行っても一体である」ということです。


posted by 沖縄のホフマー at 09:33| Comment(2) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

ユダヤ人の教育と日本の教育の違い、考え方の違い?

島マースコーナー(あなたはがたは、地の塩である) マタイ5:13
                                                       その1
 
shimasolt01.jpgハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜? 
 
 私がなぜ、ユダヤ人に関心を持つようになったかといえば、現在、ユダヤ人は全世界に1,300万人いるといわれている。世界の人口の0.2%に過ぎない。しかしユダヤ人ほどあらゆる分野で成功を収めている民族はいない。

 ユダヤ人についてまず思い浮かぶのは「頭がいい」「金儲けがうまい」ということである。そして、ユダヤ人の頭脳的パワーや頭の鋭さの秘密は、ユダヤ人独特の「5000年の英知」にあると言われています。彼らは有史以来多くの創造的な人材を生み出し、世界の歴史を動かしてきた。たとえば、ノーベル賞一つとっても、1901年以来、経済で65%、医学で23%、物理で22%、科学で11%、文学で7%の受賞者がユダヤ人である。

 彼らがなぜ、このように優秀な人物なのか、それは彼らの教育にあります。ユダヤの母親は、子供が2〜3歳になると毎晩寝る前に、楽しいナゾナゾゲームをやり、子供によく考えるようにさせ、5歳になったら、聖典のページを開きその上に、蜜を一滴落として、子供に口づけさせ、学問がもたらす成果が甘いものであることを教える習慣がある。アルファベットの文字を教えるときも、蜜入りのクッキーで文字の形をつくり、一つずつそれを食べさせながら、文字を覚えさせる。学ぶことは、楽しくて甘いものであることを知る。

 小学校に入学するとき、日本の母親でしたら、毎日家を出る前に「先生の言うことを静かによく聞くのよ。」と言って送り出す。ユダヤの母親は、「学校に行ったら、先生にたくさん質問するのよ。」帰ってきたら、お母さんにも教えてねと言って送り出す。子供が帰ってきたら,早速、いくつ質問したの?どんな質問したの?と聞いてから、褒めてあげ、おいしいおやつをもらう。

 子供は、よし、明日ももっと頑張って質問しようと張り切る。確かに質問するからには、何がわかって、何がわからないのか区別できないと質問ができないので、一生懸命学び、わからないことを質問する。「学問とは、問うて学ぶ。」と書きます。

 それを毎日実践しているのがユダヤ人です。そして同時に「学校は、他人と違うことを大切にすることを学ぶ。」 「その人でなければ持っていない力を引き出すことが、教育である。」

 日本の教育は、どちらかといえば、受け身の教育です。ただ静かに集中して聞き、先生や仲間と同じ考え方になることを望む。したがって、他人と違う意見を言うことや質問することに抵抗を感じる。また、それにたいするいじめなどがあり、子供たちが学校嫌いになったり、不登校生が増えるのも無理のないことだと思います。

 「ユダヤ人が二人寄ると、三つの意見が出て,四つの政党が生まれる。」、昔からそう言われてきた。建国以来半世紀余り、イスラエルでは、一つの政党が過半数を占めたことが一度もない。現在、十の政党が、大なり小なりひしめき合っている。

 ユダヤ人の考えは、「意見が多ければ多いほど良い、多ければ、それだけ真理に近づける。」だから違った意見を喜び、大事にする。好んで耳を傾ける。そして、より良い結論を見出すまで努力する。

 「ヘブライ」の意味は「もう一方に立つ」すなわち、客観的な立場から自分を見つめ直すことができる。一方のことだけにこだわらないで、柔軟性を持つこと。

 ヘブル語には、一つの単語で、二つの違った意味を持つ言葉が多いのも面白いですね。たとえば、わたしは「沖縄のホフマー」といいますが、ヘブル語で「ホフマ」の意味は、「英知」と「ジョーク」です。相反する意味を持っているのが大好きです。

 ユダヤ人はバランス感覚がいいですね。あなたはどう思いますか?


posted by 沖縄のホフマー at 14:07| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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