2012年03月24日

聖書の預言と沖縄のわらべ歌との類似性について

「ウチナtomoehoshi02.jpg〜moonのチムグクル」&「タルム〜ドの心」
               その4
ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜!

 
 世界で最もよく売られている書物は、何ですか?、ご存知でしょうか?
そうです。聖書です。1年間に、一体、どのくらい売られているのでしょうか? 
何と、3,500万冊売られている、超ベストセラーです。

 
 聖書は世界で最も多く翻訳されている書物です。国際補助語協会によりますと、世界の諸言語はおよそ2,500から3,500あると推定されています。聖書は286の言語に翻訳され、そして 2,167(1996年12月現在)の言語に部分的に翻訳されています。

 
 聖書は世界で最も高価な書物です。それは、1987年 10月22日、ニューヨークのクリスティーブの競売で、東京の丸善が世界最高額の8億円で「グーテンベルクの聖書」を落札しました。

 
 世界で最も多く売れて、最も多く翻訳されて、最も高価な書物である聖書とは, どのような書物なのでしょうか?
 
 聖書の最も古い部分は、紀元前1,500年頃に書かれました。最も新しい部分でも紀元100年頃に書かれました。


 それだけではありません。
 
 聖書は、約1,600年間にわたって約40人の、異なった時代の、異なった身分の、異なった職業の、異なった場所で書かれたにもかかわらず、完全な調和と統一性があります。


 何故でしょうか?
 
 聖書を書いた著者たちの身分、職業は千差万別です。一国の王から羊飼い、農民,漁師、取税人、医師などさまざまです。一般的に、国を支配する王と支配される住民の考え方の違いは明白です。また時代を経て、住む場所における考え方の違いも明白です。にもかかわらず、有り得ないはずが、しかし事実として、聖書は、現在も存在しています。


 1,600年間という長き時代における人間の文化や価値観、考え方の違いは計り知れないものがありますが、すべてを乗り越えて、完全な調和と統一を持って、強い意志と信仰の下で、書き上げられました。まさに奇跡だと言わざるを得ません。

 そのカギは、何でしょう? 実は本当の著者は、この地球を始め万物を創造された「真の神様」だからです。

 
 歴史学者としてオリエント史を研究されています三笠宮殿下が、なぜ歴史を学ぶようになったかについて次のように述べています。

「私は、戦時中に敵を知ろうと、キリスト教を調べ、聖書にぶつかった。初めは文明を誇る白人がなぜこのようなものを信じるかと笑ったが、
聖書が歴史的に事実だと知った時、聖書から離れられなくなった。」と・・・

 
 かつて聖書がねつ造した民族と歴史家が笑ったヘテ(ヒッタイ)人の遺跡が出現し、バビロンやカルデヤのウルの都が砂漠から顔を見せ、ヨシュアが火をかけて破壊したエリコの焼け跡が発見されました。歴史的な事実に反する書として攻撃を受けた聖書は、考古学の発見によって、歴史的な事実の書であることが証明されました。


 その結果、書き直されたのは、人間の書いた歴史書の方でした。

 また聖書と言えば、科学に反すると多くの人が考えています。しかし、事実は科学的な証明が聖書と一致してきたのです。

「彼は北の天を空間にはり、地を何もないところに掛けられる。」 (ヨブ26:7)


 聖書は何千年も前から、地球は何もないところに、浮かんでいると語っています。この事が事実であるとすべての人が認めたのは、
人類が宇宙空間から地球を眺めることができるようになってからです。


「地は印せられた土のように変わり、衣のようにいろどられる。」 (ヨブ38:14)


 聖書は、何千年も前から、地球は自転していると語っています。その当時、刻印を押すためには、円筒形の印章のついた物を粘土版の上に転がして刻印を押していた。地球が「刻印を押された粘土のように変わり」とは円筒が回るように地球も自転して「衣服のようにいろどられる」とは、1日が( 朝、昼、晩、)と変わり、1年が( 春、夏、秋、冬 )と移り変わっていく地球の様子が示されています。


 聖書の中で預言されたことは、すべて成就します。それは歴史が証明しています。

 
 今回は、多くの預言の中からユダヤ人自身の国が一度、滅亡し、そして再び再建されたことについて、一緒に検証しましよう。

紀元前およそ1,500年に聖書はユダヤの国の滅亡と再建について預言しました。

● ユダヤの国の滅亡について


「主は、遠く地の果てから、わしが飛びかかるように、一つの国民にあなた(ユダヤ人)を襲わせる。その話す言葉があなたには分からない国民である。その国民は尊大で、老人を顧みず、幼い子を憐れまず、家畜の産むものや、地の産物を食い尽くし、ついに、あなたは死に至る。」  (申命記28:49〜51)


 歴史では紀元70年、ローマのティトス将軍によって、ユダヤの首都であったエルサレムは陥落しました。


「わしが飛びかかるように」とは、実はローマの軍旗がわしでした。ローマ軍はわしの軍旗を掲げながら、国々を侵略していきました。また、歴史はローマ軍が残忍な軍隊であったことを証明しています。


「その国民は、あなた(ユダヤ人)の国中のすべての町を囲みあなたを包囲し、ついにあなたが頼みとする堅固な高い城壁をことごとく打ち崩し、あなたの神、主が賜った国のうちのすべての町々を攻め込むであろう。あなたは敵に囲まれ、激しく攻め悩まされて、ついにあなたの神、主が賜ったあなたの身から生まれた者、息子、娘の肉を食べるに至るであろう。」 (申命記28:52〜53)

 
 紀元70年ローマ軍がエルサレムを包囲した時、多くのユダヤ人たちは、エルサレムが陥落するはずがないと思っていました。
何故なら、エルサレムは北側を除いて、三方が谷に囲まれていたからです。このためエルサレムは天然の要塞になっていました。
一つだけ残された北側の入リ口も三重の城壁に囲まれていたからです。

 
 天然の要塞と三重の城壁に守られていたエルサレムを、ローマ軍は包囲後143日目に、陥落させました。

ローマの歴史家ヨセフスはこの時の模様を「ユダヤ戦記」のなかで詳しく述べています。ユダヤ戦記によると143日におよぶ包囲のために、
エルサレムでは、餓死の為に人肉が食べられていたと、はっきりと記されています。

● ユダヤ人が再び国を持つことについて

「あなたの神、主はあなた(ユダヤ人)を囚われの身から帰らせ、あなたをあわれみ、あなたの神、主がそこへ散らしたすべての国々の民の中から、あなたを再び集める。たとえ、あなたが、天の果てに追いやられていても、あなたの神、主はそこからあなたを集め、そこからあなたを連れ戻す。」  (申命記30:3〜4)

 
1948年5月14日、聖書の預言を知る多くの人々は、「奇跡だ」と叫びました。ユダヤ人が国を持ったからです。
1948年5月14日、ベン・グリオンはテル・アビブにおいてイスラエルの独立を宣言しました。
独立の翌日、かねてより、不満を抱いていたエジプト、シリヤ、ヨルダン、レバノン、イラク、サウジアラビヤ、が同盟を結びイスラエルに攻めてきました。

 
 戦前の予想では、圧倒的にイスラエル側が不利でした。少数の武器と兵士しか持たないイスラエル軍がアラブ同盟軍と戦ったのです。
しかし、イスラエル軍は勝利を勝ち取りました。その後、三度の中東戦争がありましたが、イスラエルは現在も、国家として存在しています。

 聖書の預言は、絶対ですね。そして感心するほど、必ず成就するのです。


 それは、何故でしょうか?

 聖書が真の神様によって、預言者たち、使徒たちを通して書かれた書物であるからこそ、一字一句の預言が完全に成就するのです。


 皆さんは、聖書が、「旧訳聖書(創世記〜マラキ書)39巻」と「新約聖書(マタイ伝〜黙示録)27巻」の二つから成り立っていることを、ご存知でしたか? そして、聖書は一冊の書物ではなく、66巻の書物から成り立っています。しかし、これですべて完成したわけではありません。 これからも、古い巻物が出てくる可能性があります。  「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。
もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」 (ヨハネ21:25)


 私は旧訳聖書の中では、イザヤ書が一番好きです。その書物の中に、イエス・キリストの生涯とその使命、この末の世に救い主、自ら再臨されること、そして救い主が統治される福千年(幸福と平和な時代)などの預言が、詳しく述べられているからです。

 
 特にイザヤ49章は、特別な思いと熱い救い主の愛を感じます。それは、これから起こる、数々の預言の始まりであり、沖縄には、数多くの風習やわらべ歌などがあります。それが、ユダヤの風習や聖書の教えと類似性があること、本当に驚かされます。


 前回、この「ウチナ〜moonのチムグクル」の、(その3)で、赤田首里殿内の童歌について、もう少し、お話することを約束しましたよね。


 「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)は、現在の沖縄県那覇市首里赤田町において、琉球王朝時代から、石川家を中心に行われてきた祭礼「弥勒迎け(みるくうんけー)」とは、「弥勒様をお迎えしましょう」と言う唄のわらべ歌です。


 昭和初期に途絶えていたが、1994年(平成6年)に復興された。現在では沖縄民謡曲として三線と一緒に歌われたり、沖縄都市モノレール(ゆいレール)の首里駅の案内音声にオルゴール音に編曲されたものが用いられたり、今なお、沖縄県内で親しまれています。

八重山で歌い継がれている弥勒節の一つでもあります。  わたしも、大好きなわらべ歌です。


概要


 沖縄地方に点在する「弥勒」信仰自体は、各地で独特の習わしに従い、行われているものであった。そして、それは、本来的な弥勒信仰とは異なり、沖縄古来の土着信仰である「ニライカナイ」や豊穣祭などといった様々な祭礼と弥勒信仰が混ざり合った形となっているものです。
 さらに、「弥勒の世果報」を期待することを唄いあげていますが、赤田町やほかの沖縄地方の「弥勒迎け」においては、ユーモラスな出で立ちと「布袋」の仮面が使用されています。 笑いながら、子供たちを引き連れて歩く姿は、心がなごみますね。


歌詞を紹介します。


1.赤田首里殿内 黄金灯籠提げてぃ 
 (あかたすんどぅんち くがにどぅーるーさぎてぃ)
  
「首里赤田村の首里殿内に 黄金に輝く灯籠を掲げて 」
 
 うりが灯がりば 弥勒御迎え  
 (うりがあかがりば みるくうんけー)

 
「それが明るく灯ったならば 弥勒様をお迎えしましょう 」


(囃子)  
    シーヤープー シーヤープー ミーミンメー ミーミンメー 

    
    ヒージントー ヒージントー イーユヌミー イーユヌミー 


2.大国の弥勒 我が島に往もち 
 (だいくくぬみるく わがしまにいもち)

「大国の弥勒 私の島にもおいで下さい 」

 御拡きぼせみそうり 弥勒世果報 
 (うかきぶせみそうり みるくゆがふ)
 
「そして広めて下さい 弥勒の太平の世「ゆがふ」を 」

(囃子)  繰り返す

3.弥勒世ぬ 昔繰り戻ぅち 今に  
 (みるくゆぬ んかし くいむどぅぅち なまに)
 
「弥勒世(豊年の世)の昔を 今に戻して 」

 御万人ぬまじり、遊ぶ 嬉しや  
(うまんちゅうぬまじり、あしぶうりしや)
  
「万人の人が 皆、遊ぶ 嬉しさ 」
 
(囃子)  繰り返す


4.道々の巷 唄歌てぃ遊ぶ 
 (みちみちぬちまた うたうたてぃあそぶ)
 
「道々のそこかしこ みんなが唄を口ずさむー平和な世の中 」


 弥勒世の世果報 近くなたさ  
(みるくゆぬゆがふ ちかくなたさ)
  
「弥勒の「ゆがふ」が 近くなってきたようだよ 」

(囃子)  繰り返す

歌詞の内容を簡単に説明しますと次のようになります。


 昔は、首里殿内(現在の首里城)は赤田村にありました。
 
「首里殿内全体に黄金の灯籠をかざして、真昼のように輝かして、弥勒様をお迎えしましょう。
 大国の弥勒様 我が島にもお越しください。お待ちしております。
 そして、弥勒の平和と幸福な世「ゆがふ」を、教え導いて、広め、与えて下さい。

 昔あった弥勒世(楽園の世)を今に戻して、万人の人が、皆、もう一度、心から喜んで楽しむこと
 ができるようにして下さい。
 島々のいたるところで、みんなが歌い喜んでー平和と幸福に過ごす世の中にしてください。
 その輝かしい弥勒の世(ゆがふ)も、もう間近にせまって来てますよ。」と・・・

私たちの先祖は、毎日、赤ちゃんや幼い子を背中に負ぶって、あやしながら、歌って聞かせていたのです。

 
 この童歌は、NHKの「みんなの歌」でも紹介されて、全国的にも親しまれるようになりました。
 
特に、囃子の振付のところが、可愛らしいそぶりで、子供たちが楽しく、歌って踊っています。

 
 シーヤープー シーヤープー
(振りは、ほほを膨らませて、両人差し指をほほに付けて、頭を左右に振る。)
 
 ミーミンメー ミーインメー 
(振りは、両手で、耳を下に引っ張り、頭を左右に振る。)


 ヒージントー ヒージントー 
(振りは、曲げた肘を左右交互に、下から叩く。)

 
 イーユヌミー イーユヌミー 
(振りは、右の人差し指で、左の手のひらの真ん中を突く。そして左の人差し指で、 右の手のひらの真ん中を突く。)


 囃子言葉が変わるごとに、口、耳、肘、手のひらを動かす動作が、何故か、イザヤ書49章を読んでる時に感じたことと同じ篤いものを感じました。

 
シーヤープー シーヤープーの振りから、イザヤ書49:2を読めば、
「矢は口にしまい、何も言わないで、静かにしてね。」になる。
 
ミーミンメー ミーミンメーの振りから、イザヤ書49:1を読めば、
「海沿いの島々よ、わたしに聞け、遠いところのもろもろの民よ、耳を傾けよ。」になる。

ヒージントー ヒージントーの振りから、イザヤ書49:4を読めば、
「わたしはいたずらに骨折り、むなしく力を費やした。」になる。

 
イーユヌミー イーユヌミーの振りから、イザヤ書49:16を読めば、
「私はあなたを忘れない、手のひらにあなたを彫り刻んだ。」になる。
 
 「イーユ」とは、沖縄の方言で、「魚」のことです。「ヌミ」とは、「の目」のことです。ですから、「イーユヌミー」とは「魚の目」になります。

 
 初代キリスト教会の人々は、自分たちがクリスチャンであることを示すために、しばしば、魚のマークを用いた。その理由は、魚を表す
ギリシャ語(イクスース)の各文字が、それぞれ、「イエス」「キリスト」「神の」「子」「救い主」という五つのギリシャ語の頭文字に該当する
からです。


「イーユヌミー」とは「イエス様が見ていますよ!」と言う意味が込められていますね。ですから、どんなにつらく苦しくても、不平を言わず、主の御言葉に、耳を傾けて、無駄なように見えても、どんな困難にも堪え忍んで、弥勒世果報(福千年)を待ち望みましょう。
それはもう真近に迫って来てるよ!

 勇気を出して、頑張ろう!!とわたしたちに、幼いころから、呼びかけている童歌だと思います。

 わたしたちの人生への応援歌のようですね!

 
 仏教の教えの中に、弥勒菩薩は、仏陀が没してから、56億7千万年後に、地上に降りてきて、人々を救済するとされています。弥勒菩薩の語源を調べた結果、「弥勒の原語であるインドのマイトレィアは、中国ではミレフ、日本ではミロクで、これはヘブライ語のメシア、ギリシャ語のキリストである。」と結論付けています。
 
 ヘブライ語の「メシア」が、インドでは「マイトレィア」、中国では「ミレフ」、日本では「ミロク」となったのですと・・・、仏教史学の権威者エリザベス・ゴードン女史が述べています。

 
 沖縄では、お祭りや結婚式など祝い事の最後に、参加者全員で、一緒に喜びを分かち合うために、三線や太鼓に合わせてカチャーシーを踊ります。沖縄の結婚式に参加した、あるユダヤ人の女性が、カチャーシーを見て涙を流していたそうです。きっと、遠い故郷を思い出していたのでしょう。

 
 ユダヤの結婚式について、yahoo で検索したところ、式の終りに、白いウェディングドレスの花嫁が、親戚の人たちと、にこやかに両手を上にあげて、手首をまげて、踊っている写真を見た時、まさにカチャシーを踊っていると・・・、感動しました!

 「百聞は一見に如かず。」 あなたもご覧になってください!


 琉球音楽は世界的にも珍しく、三本弦の楽器は世界の中で三線だけです。どうして沖縄と日本にだけに三味線があるのだろうか? 
実は、旧訳聖書に三本の弦で作った楽器が出てきます。

 それは、ペリシテ人が戦いに備えて軍隊を招集して、イスラエル軍に相対したとき、ペリシテ軍の一人の戦士ゴリアテ(身長が2.98cmの巨人)が、イスラエル軍に向かって、「今日、イスラエルに挑戦する。相手を一人出せ、一騎打ちだ。」 「もし私を打ち取るようなことがあれば、我々は、お前たちの奴隷になろう。だが、わたしが勝てば、お前たちが奴隷となって、我々に仕えるのだ。」と、それを聞いたイスラエルの全軍は、恐れおののいたのです。

 
 しかし、そこで羊飼いのダビデが選ばれて、彼とたたかった。身に付けていた投石袋から、小石を取り出して石投げ紐を使って飛ばした。石は見事ペリシテ人の額に命中し、深く食い込んで倒れたので、彼を討ち取った。奇跡的な勝利に、イスラエル軍は、大喜びで凱旋しました。


「皆が戻り、あのペリシテ人を討ったダビデも帰ってくると、イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声を上げ、三弦琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた。」とあります。(サムエル記上18:6) どんなに、喜んだことでしょう。

 太鼓はパーランクーで、三弦琴は三線で、喜びを全身で表す、軽快で、自然的な歌と踊りは、早いテンポのカチャーシー以外には考えられませんね。

あなたはどう思いますか? 

 聖書の教えと沖縄の文化や童歌が、これほどまでに、類似していることは、単なる偶然ではなく、そこに深い神様の御心と愛を感じます。
まだまだ私たちが、知らない数多くの驚くべき預言が、沖縄の風習やわらべ歌に隠されているように思います。
 これからも、ご一緒に探究していきましょう!

 
 
 
 
 
 
 


 

posted by 沖縄のホフマー at 00:29| Comment(0) | 沖縄・ユダヤ文化の類似性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。