2012年07月06日

「ウチナ〜moonノチムグクル」&「タルム〜ドの心」   その5 

tomoehoshi02.jpg「ウチナ〜moonのチムグクル」&「タルム〜ドの心」
 その5

ハイサイ!
Are youチャガン〜ジュ〜?

 前にも話しましたが、沖縄には、数多くの伝説や風習があります。特に信仰に関する数々の霊的「パワースポット」があります。
それゆえ沖縄は「神々の島」「信仰篤き民」と呼ばれています。沖縄にあるこれらの信仰は、別々のものでなく、聖書の教えと深く結びついています。

   

 沖縄の風習
● 初もの
 沖縄では、初ものをまず神、神社、仏壇に供える(捧げる)習慣、風習がある。
 ウマチー、カシチー、ハチムーチ、ハチウクシー、ハチアッチー、初荷、初孫、
 初秋、初日の出などがあります。 

 聖書の教え
 「初穂の供えものとしては、これらを主にささげることができる。しかし、香ばしい
 かおりとして祭壇にささげてはならない。」 (レビ2:12)

 「もしあなたが初穂の素祭を主にささげるならば、火で穂を焼いたもの,新穀のくだいたものを、
 あなたの初穂の素祭としてささげなければならない。」 (レビ2:14)

  

  沖縄の風習
● 朝晩御ちゃとう
 沖縄では、毎朝、仏壇の水を変え、朝晩、仏壇に食事とお茶をお供えします。 

 聖書の教え
 「1頭の子羊は朝にこれをささげ、他の1頭の子羊は夕にこれをささげなければならない。」
 (出エジプト29:29)  

  沖縄の風習
● ついたちじゅうごにち (1日〜15日)
  新月と満月

 沖縄では、結納や結婚式などお祝い事は、満潮に向かう時期に行う。そして、葬式など
 の忌ごとは、干潮に向かう時期に行う習慣があります。

 

 聖書の教え
「新月と満月とわれらの祭りの日に、ラッパを吹きならせ、これはイスラエルの定め、
 ヤコブの神のおきてである。」 (詩編81:3〜4)  

  沖縄の風習
● ウマチー カシチー
 カシチーは死んで三日目によみがえったお祝いのことです。
 
 二月ウマチー ・・・麦の初穂を供えて祝う初穂祭。
 三月ウマチー ・・・麦の収穫感謝祭、豊作を祈る。
 五月ウマチー ・・・稲の初穂祭。神拝みをする。
 六月ウマチー ・・・稲の収穫祭、新米を供え感謝する。

 六月カシチー ・・・白カシチーを火の神や仏壇に供える。
           毎年、旧暦の六月に行う。白カシチーには、マブイ(魂)を強める力
           があると言われています。

 八月カシチー ・・・赤カシチーを火の神や仏壇に供える。
           毎年、旧暦の八月に行う。赤カシチーには、厄を払う力があると言われています。

 

 聖書の教え
 「あなたは、七週の祭り、すなわち、小麦狩り初穂の祭りを行わなければならない。また、年の終わりに
  取り入れの祭りを行わなければならない。」(出エジプト34:22)
 
 「また、あなたが畑にまいて獲た物の勤労の初穂をささげる刈り入れの祭とあなたの勤労の実を畑から
  取り入れる年の終わりに、取り入れの祭りを行わなければならない。」 (出エジプト23:16)  

  沖縄の風習
● 男系継承
 門中と長男
 沖縄の家は男系血縁者によって継承されてきた。本家の長男は血縁内の先祖祭紀に関する機能を持つている
 父方(種方)種元(元屋)は父親のいる家のことです。


 聖書の教え

「その夫はその地の長老たちと共に、町の門に座するので、人々に知られている。」(箴言31:23)

 沖縄の風習
●門中(ムンチュウ)
沖縄の家には門中によって構成される。集団で、一つの根元から生まれ、枝分かれしたが、それを一門と言い、
 年中行事も 一緒に行い、固い絆でお互いに助け合う。一つの大きな家族のようなものです。
 
 ガジマルの木のように大地に根を張り、どんな台風にも耐えて、倒れない強さも持っています。


 聖書の教え

 「時が来れば、ヤコブは根を張り、イスラエルは芽をだし、花を咲かせ、地上をその実で満たす。」(イザヤ27:6)
 
 沖縄の風習
● 朝晩御ちゃとう
 沖縄では、毎朝、仏壇の水を変え、朝晩、仏壇に食事とお茶をお供えします。 

 聖書の教え
「初穂の供え物としては、これらを主に捧げることができる。しかし、香ばしいかおりとして祭壇に捧げてはならない。」(レビ2:14)
  沖縄の風習
● ついたちじゅうごにち (1日〜15日)
  新月と満月

 沖縄では、結納や結婚式などお祝い事は、満潮に向かう時期に行う。そして、葬式など
 の忌ごとは、干潮に向かう時期に行う習慣があります。

 

 聖書の教え
「新月と満月とわれらの祭りの日に、ラッパを吹きならせ、これはイスラエルの定め、
 ヤコブの神のおきてである。」 (詩編81:3〜4) 

  沖縄の風習
● ウマチー カシチー
 カシチーは死んで三日目によみがえったお祝いのことです。
 
 二月ウマチー ・・・麦の初穂を供えて祝う初穂祭。
 三月ウマチー ・・・麦の収穫感謝祭、豊作を祈る。
 五月ウマチー ・・・稲の初穂祭。神拝みをする。
 六月ウマチー ・・・稲の収穫祭、新米を供え感謝する。

 六月カシチー ・・・白カシチーを火の神や仏壇に供える。
           毎年、旧暦の六月に行う。白カシチーには、マブイ(魂)を強める力
           があると言われています。

 八月カシチー ・・・赤カシチーを火の神や仏壇に供える。
           毎年、旧暦の八月に行う。赤カシチーには、厄を払う力があると言われています。

 

  聖書の教え
「あなたは、七週の祭り、すなわち、小麦狩り初穂の祭りを行わなければならない。また、年の終わりに
  取り入れの祭りを行わなければならない。」(出エジプト34:22)
 
 「また、あなたが畑にまいて獲た物の勤労の初穂をささげる刈り入れの祭とあなたの勤労の実を畑から
  取り入れる年の終わりに、取り入れの祭りを行わなければならない。」 (出エジプト23:16)  

  沖縄の風習
● 男系継承
  門中と長男
 沖縄の家は男系血縁者によって継承されてきた。本家の長男は血縁内の先祖祭紀に関する機能を持つている
 父方(種方)種元(元屋)は父親のいる家のことです。


 聖書の教え

「その夫はその地の長老たちと共に、町の門に座するので、人々に知られている。」(箴言31:23)

 沖縄の風習
●門中(ムンチュウ)

 沖縄の家には門中によって構成される。集団で、一つの根元から生まれ、枝分かれしたが、それを一門と言い、
 年中行事も 一緒に行い、固い絆でお互いに助け合う。一つの大きな家族のようなものです。
 
 ガジマルの木のように大地に根を張り、どんな台風にも耐えて、倒れない強さも持っています。


 聖書の教え

 「時が来れば、ヤコブは根を張り、イスラエルは芽をだし、花を咲かせ、地上をその実で満たす。」(イザヤ27:6)



 
  
posted by 沖縄のホフマー at 11:46| Comment(0) | 沖縄の習慣、行事と聖書の教え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

ユダヤジョークと3行ラブレターとサラリーマン川柳

ティーダカンカンコーナー(あなたがたの光を、輝かし・・・)マタイ5:16
         その4

ハイサイ!Okinawa-tiida03.jpg


Are You チャ〜ガンジュ〜?


 前回のユダヤ人のジョークは、できるだけ、簡単明瞭なもの特集でしたが、笑ってもらえたでしょうか?
今回は、もう少しレベルアップしたもの特集にしますね。そして、自分自身も参考にしてレベルアップして創作してみてください。

 ユダヤのジョーク
● 女性の希望を聞いていたら

 二人のラビが議論していた。「どうして神は、最初にアダムを創り、そして次に、女のイブを創ったのだろうか?」と一人のラビが聞いた。
「それは簡単なことだよ」ともう一人のラビが答えた。「もし男が女の次に創られたとしたら、神は女の希望を聞かなければならなかっただろう。
そして、女の希望をいちいち聞いていたら何ごとも出来なかったでしょう。」

● 当事者

 小学生の息子が学校から帰って来ると、父親に言った。「パパ、今日、クラス全体で、僕しか答えられない質問があったんだよ。」
父親は満面笑みを浮かべて、誇らしげに息子に聞いた。「お前だけが質問に答えられたんだって?、ママ、ママー!」
「息子よ、それは偉かったわね。それでいったい、その質問は何だったの?」と母親が目を輝かして聞いた。
「先生が、この窓ガラクを壊したのは、誰ですか?と聞いたんだよ。」

● 世界で最も古い職業は?

 イスラエルのガリラヤ湖で、外科医、建築家、国会議員の三人が、船を浮かべて釣りを楽しんでいた。三人はそよ風にうたれながら、魚がかかるまで
雑談を楽しんでいた。
「いったい、世界でもっとも古い職業は,何だろうか?」と建築家が言った。
「それは外科医だ。聖書を読むと、「創世記」に神がアダムの胸からアバラ骨を一本取って、人類最初の女であるイブを創った、と書いてあるよ。」
「ちがうよ、それは建築家のはずだ。聖書によれば、アダムとイブが誕生する前に、世界は混沌として混乱していたが、神はそんな中から世界を設計
したのだよ。」と、建築家が言った。
「いや、それは政治家だよ!混乱を創り出すには、我々政治家が必要なのだよ。」と言った。
(聖書には、はじめに神は、混沌としていたところから天と地を創造されたと書いてあります。)

● ラビも当てにならない

 ラビを中心にして、シナゴーグ(ユダヤ人の教会)の教区の人が集まって、いつものように「タルムード」(ユダヤ人の秘典)の研究をしていました。
「いったい、医者と弁護士は、どちらのほうが偉いものだろうか?」と生徒が質問した。
「もちろん、弁護士の方だよ。なぜなら、人は病気になるのは、個人的なものだが、嘘や罪は対人関係が多いから仲裁が必要。」と弁護士が胸をはった。
「いや、医者の方だよ。主がモーセに与えた十戒の中に、「汝、殺すなかれ。」という戒めが、「汝、盗むなかれ。」という戒めよりも前に出てくる。
 それからもわかるように、人命を扱う医者の方が,罪人を扱う弁護士よりも位は高いことがわかる。」と言った。
 二人は長い間、言い争ったが、結論が出ないので、ラビに判定するように求めた。

「十戒には、実は隠された十一戒目の戒めがあると、言い伝えられている。それは「汝、どのようなことをしても、バレることなかれ。」とラビが答えたので、
 二人はなるほどと言って、納得した。(そのような十一戒目の戒めは、実際はありません。ラビは、人々を納得させるために、時々、嘘も方便のジョーク
 を使う。)

● 人生は戦争?
 ある男が、ラビに尋ねた。「聖書の中に、新婚ホヤホヤの男を兵役に服させてはならないといっていますが、どうしてでしょうか?」
 「それは、この哀れな男は、自分の家でも戦争をしているからだよ。」 

● 十戒がユダヤ人に与えられた理由

 長老のラビと若いラビが議論していた。「天主の十戒」は「モーセの十戒」として知られています。「選ばれた民」であるユダヤ民族に、特に授けられた。
聖書によると、神は「天主の十戒」を二枚の石板に刻んで与えました。
「なぜ、神は一枚で済むのに、二枚に分けたのでしょうか?」と、若いラビが尋ねた。

 それは、神がまず、インド民族に「汝、偶像を創ってはならない。」と書かれた一枚目の石板を授けたところ、偶像なしでは、何も信じられないといったので、神は
インド人から取り上げた。 
 それで、神は、ドイツ民族に「汝、殺してはならない。」と書いた二枚目の石板を与えたが、それを無視したので、神はドイツ人から取り上げた。

 次に、アメリカ民族に「汝、主の御名をみだりにとなえてはならない。」と書かれた一枚目の石板を授けましたが、習慣だからと言ったので、神は、アメリカ人から取り上げた。
今度は、イタリア民族に、「汝、姦淫してはならない。」と書かれた二枚目の石板を授けたところ、性癖だからと言ったので、神は、イタリア人から取り上げた。

 神は期待を込めて、日本民族に「汝、安息日を心に留め、これを聖別しなさい」と書かれた一枚目の石板を授けたが、仕事が忙しくて、忘れてしまったので、神は、日本人から
取り上げた。
 神は、中国民族に、「汝、盗んではならない。」と書かれた二枚目の石板を授けたが、コピー製品を作るのに、忙しかったので、神は、中国人から取り上げた。

 神は、フランス民族に、「汝、父母を敬いなさい」と書かれた一枚目の石板を授けたが、自分のことで精一杯だといったので、神はフランス人から取り上げた。
 神は、最後にユダヤ民族に、「十戒」の石板が二枚あるが欲しいか、と尋ねた。すると、ユダヤ人が「一体、それは、一枚いくらするのですか?」と尋ねた。
神が、「それはタダだ。」と答えた。するとユダヤ人が、「それだったら、是非、二枚ください。」と言った。

● 妻が夫を愛している証拠?

 今日は、夫の誕生日だった。「ハッピー・バスディ!おめでとう! あなたを驚かせることがあるの!」と妻が言った。
「ありがとう! いったい、なんだろうね!」 「選ぶのに、ずいぶん時間がかかったのよ!今、すぐ見たい?」
「うん、楽しみだね。」 「じゃあ、ちょっとだけ待っていてね。今、着替えてくるから、ちょっと高かったんけど、私に大変よく似合うのよ!」

● 外交話術の要領

 ある時、息子が、テレビを見ていたら、ニュースキャスターが、イスラエルとパレスチナ開放機構(PLO)が激しい外交戦を繰り広げている。と言っていた。
わきで新聞を読んでいた父親に、「一体、外交って何のこと?」と息子が尋ねた。
「君がひどく醜い娘に会ったとしよう。その時に、「あなたの顔を見たら、時計が驚いて止まってしまう。」と言ったら、それは真実だが、その娘を深く傷つける
ことになる。しかし、「あなたの瞳を見つめたら、時が止まってしまう。」と言ったら、娘を喜ばすことになるね。外交は同じことを言うために、相手を喜ばせる
表現をつかうことだよ。」 

● 年老いる時

 高校生になった息子が、時々、鏡を覗き込むようになった。自分がガールフレンドの眼に、どのように映るか、気になる年頃になったのだ。
ある朝、父親と洗面所で一緒になった時に、「パパ、いったい、男はいつ頃から歳をとって老人になるの?」と尋ねた。
「それは、もう、人に対して悪い手本を示すことができなくなって、まともな忠告をするようになってからだね。」


● 無神論者

ある日、二人の兄弟が、神が、存在するかしないかについて議論した。
兄が「お前はどうして、神を信じないのか?」と弟に聞いた。「僕は、自分に分かるものしか信じないのだ。」と弟が答えた。
兄が「ああ、それでお前が無神論者だというのがわかったよ。この世の中にお前が分かることが、何一つないからな。」

● 進化論論争

 父親ラビと高校生になった息子が、議論していた。
「パパ、進化論の方が正しいと思うよ。」と息子。「人間がサルから進化したなどというのは、戯言だよ!聖書には、主なる神が天地を創造された時
に、最後に、人間を創りたもうたことが、ちゃんと書かれている。」と父親。「聖書は太古の人間の知恵を述べているのであって、あの時代の人類に
は科学的な発想をする能力がなかったんだよ。」「息子よ、偉大な神と聖書に対して、暴言を吐くのではない。」「パパだって、サルから進化したんだよ。」
「お前はきっと、そうかもしれないが、私は違う。」

● 人を観る目

 あるユダヤ人がお祈りを捧げていた。「おお神様、宝クジを当てさせてください。半分は、貧しい人たちに分け与えますから」しかし、
お祈りの甲斐無く、さっぱり当たらなかった。そこで、キリストの教会に行き、ロウソクを一本寄付して、賞金の半分を教会に寄付しますからと、
改めてお祈りを捧げた。すると、何と宝クジが当たったではないか、ユダヤ人が、嬉しそうに言った。「キリスト教の神様は、たしかに御利益があことが
わかった。しかし、俺たちの神様の方が、ずーと利口だ。俺がうそつきで、寄付なんかしないことをお見通しだからな。」

● 身内には甘い?

 プロテスタントの牧師が昇天したところ、天国の入口で、番人の天使からフォルクスワーゲン車をプレゼントされて言った。「あなたの善行の報酬ですよ。」
しばらく車を走らせていたら、神父がキヤデラック車に乗って走っているのを見て、牧師が、天使に聞いた。「あの人は私より良いことをしたのですか?」
「あの神父は、イエス様にいろいろお供物をそなえたんですから、その労に報いてあげました。」
さらにしばらく車を走らせていたら、今度はユダヤ人のラビがロールスロイス車に乗って走っているではないか。牧師は、憤然として、「彼らは,主にお供物も
何も差し上げてないじゃないか?」
「シーッ、大きな声を出すんじゃない。あの人は,主の身内の人なんだよ。」

● 軍法会議

アメリカでは、兵士がポーカーゲームやることを禁じているが、カトリックとプロテスタントとユダヤ教の信者である兵士が、三人禁を犯したため。軍法会議に
かけられた。法廷でまず、カトリックの兵士が証言した。「アベ・マリヤ様の御名にかけて、ポーカーなどしたことがないと誓います。」
次に、プロテスタントの兵士が証言した。「マルティン・ルターの名において、申します。ポーカーなどやった覚えはありません。」
最後に、ユダヤ人の兵士が起立して言った。「ええと、裁判長様。あの、私一人では、ポーカーができるわけはありませんよ。」

● 夢の中でも波乱万丈

 ある男が、真夜中に悪い夢にうなされたように、叫び声を上げて起き上がった。 隣に寝ていた妻も驚いて、目を覚ました。「あなた、どうしたの?」
「聞いてくれよ。ひどい夢を見たんだよ。車で高速道路を飛ばしていると、ハイウェイー・パトロールのパトカーがサイレンを鳴らして追ってきて、止まるのを
命じた。警官が降りてきて、「おめでとうございます! この道路が開通してから、あなたで百万台目になります!」と言って、千ドルを現金でくれたんだよ。」
「あなた、それだったら、いい夢じゃないの!うなされることなんてないじゃない?」
「まだ、先を聞いてくれよ。」するとお前がわきに座っていて、大声で「まあ、あなたよかったじない!これで教習所に行って、運転免許を取ることができるわよ。」
と言ったんだよ。「まあ、わたしが?」そして、お義母さんが、とどめをさしたんだよ。後ろの席から、「やっぱり、盗んだ車では、遠くまでいけないて、あれほど
言ったのに、わたしの言うこと聞かないのがいけなかったのよ!」て叫んだんだよ。

● 信頼度

 病院のかなで、二人の男が相部屋にはいっていた。一人は腕に怪我をし、もう一人は足に怪我をしていた。
医者が回ってきて、まず、右側のベッドに寝ている男の腕の包帯を解き、処置をした。その男は痛みに耐えるために、大きな声を出して、うめいた。その男の処置が
終わると、医者は左側のベッドに寝ている男のところに行った。しかし、その間、左側の男は一度も声ひとつあげなかった。医者が出ていくと、右側の男が聞いた。
「私があれほど、うめき声を上げたのに、あなたは悲鳴一つあげなかった。それに、あなたの方が、ひどい怪我をしている。どうしてあなたは、それほど苦痛に耐え
ることができるのでしょうか?」すると、左側の男が答えた。「まさかあなたは、私があんなヤブ医者に、折れた方の足を出すと思っているのではないでしょうね。」、


 ● 3行ラブレター
 「人生が変わる1分間の深イイ話」
 珠玉のラブレターを穴埋めクイズ形式で載せます。「短い言葉」の答えを考えましょう!
 あなたの「知性と感性を伸ばしましょう。」 


1.つらい浪人生活の最後の年、                  
  合格発表よりも先に届いたのは、                  
 「1年間よくがんばりました」という君からの□□□□。 

2.「がんばれ!と背中をおしたのも
 「□□□□□□□□□」と        
 抱きしめてくれたのも、あなたでした。


3.子供にするみたいに、そっと□□□□□□□□          
 「がんばってね」って                        
  こらえてた気持ちが どっと溢れ出した。 

4.私がHappyになる色は、ピンク
  それはあなたからの             
  □□□□□□□□□□□□。


5.春 この花が咲いたら                     、
  花束にして君にプロポーズする                   
  今 □□□□□□□花を育てています。 

6.秋の日に空が□□□□□□□□ので
  僕は思わずあなたの手を取りました             
  一緒に歩いていきましょう。


7.ずっと好きだった君との初デートに大遅刻           、
 「きっとフラれる」と思った僕に 君が言った           
 「私が遅刻するよ、□□□□□はね」 

8.いつも遅刻ばっかりの僕
  たまには、君を喜ばせたくて□□□□□□□□□
  とっくに笑顔の君がいました。


9.病院で患者看て、                     、
  そのあとに俺と会うってしんどくない?               
  だって□□□□□□かかってるのに。 

10.ロングヘアが好きだったはずなのに
   ショートヘアが好きになった               
   俺の好みは□□のお前。


 答え。1.合格通知。2.がんばらなくてもいい。3.頭をなでてくれた。4.メールのイルミメーション。5.君と同じ名前の。
    6.あんまり青かった。7.次のデート。8.30分前に着いたら。9.俺も恋の病に。10.現在(いま)。


  ● サラリーマン川柳特選
   穴埋めクイズ形式で「短い言葉」の答えを考えて、あなたも「サラ川」名人になりましょう!

1。「チョー不況 ムカツク政治 □□不安」  

2。「プロポーズ あの日にかえって □□□□□□」

3。「仕事なし 早く帰るも □□□□」   

4。「失業中 妻は 夫に□□□」

5。「女房のイビキ 今では 我が□□」   

6。「クビ切られ 妻に打ち明け □□□□」

7。「反抗期 口先だけが □□□」     

8。「愛してる その一言で □□□□」

9。「ノーヒット ノーラン それが我が□□」 

10。「厚化粧 取っても 厚い□□□□」

11。「父無職 子供は偏食 母□□」     

12。「ぼくファミコン パパはパソコン ママ□□□」

13。「ダンス教室 ジルバを踊る □□□□□」

14。「からだより 態度で示せ □□□」

15。「かわいい子 旅をさせたが □□□□」 
16。「まだ寝てる 帰ってみれば □□□□□」

17。「ボーナス日 ウラをかえせば □□□」

18。「宝クジ 馬鹿にしながら □□□□」

19。「ふりむくな 運転中と □□□」   

20。「子は耳に 親は帳簿に □□□□」

答え。1.マジ。2.ことわりたい。3.会話ナシ。4.失望中。5.癒し。6.縁切られ。7.成長期。8.地獄見た。
   9.人生。10.ツラの皮。11.過食。12.リコン。13.ジジとババ。14.太っ腹。15.帰らない。
   16.もう寝てる。17.返済日。18.根は本気。19.化粧中。20.穴を開け。

posted by 沖縄のホフマー at 09:59| Comment(0) | ティーダカンカン(ジョーク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

日本語と諸外国語との類似性&沖縄の行事と習慣と聖書の教え&景教と空海の関係

shimasolt01.jpg島マースーコーナー(あなたがたは、地の塩である)マタイ5:13
  その4

ハイサイ!
Are You チャ〜ガンジュ〜?

 
 前回、このコーナーで、現在、異なった国々の人々は、異なった言語を使って生活していますが、共通点も多々あります。
日本語の語彙は、中国語起源のものもあるし,朝鮮語起源のものもあり、またほかのアジアの諸民族起源のものもあります。
その中でも、特にヘブライ語起源のものが、多く見受けられます。「似たような発音と意味」の関連性を通して言語学を学ぶことも、楽しいかも知れませんね。


  たとえば、「イチ、ニ、サン、シィ、ゴ、ロク、ナナ、ハチ、キュウ、ジュー」という数え方は、中国語起源(漢数字)で、「イ、アル、サン、スー、リュウ、チー、パー、チィオウ、シー」が基になっている。しかし、もうひとつの数え方の「ヒィ、フゥ、ミィ、ヨォ、イッ、ムゥ、ナナァ、ヤァ、ココノ、トゥ」は和語で、ヘブライ語起源と言われています。 
 

 この言葉は、もともと、天照大神が天の岩屋戸の中に隠れ、世の中が真っ暗になった。この時、女神にそこから出てもらうために、女祭司コヤネが、他の神々の見守る中「祝詞」すなわち祈祷文を唱えた。それが、「ヒィ、フゥ、ミィ・・・」であった。
現在でも、神道の鎮魂法の祓詞として用いられています。

 
 この言葉は、日本語としてみると、特にこれとった意味はないのですが、これをヘブライ語としてみると、意味の通る言葉として、理解される。「ヒァ、ファ、ミィ、ヨッ、ツィァ、マ、ナーネ、ヤァ、カヘナ、トウォ」と発音され、、少しの訛りを修正すれば、つぎの意訳になります。「誰がその美しいかた(女神)を連れ出すのでしょう。彼女が出てくるために、誘いにいかなる言葉をかけるのでしょう。」という美しい詩文になります。


 以前、ハンガリー出身の数学者、ピーター・フランクルさんが、日本のテレビで、「日本語の塩、と水は、ハンガリー語でも「シオ」と「ミズ」と言います。日本人がそう言っても通じますよ。」と・・・。
ハンガリーと日本は、シルクロードの両端にあたるが、同じ言葉が存在するて、いいですね!

 
 

 日本人は、親しい人を呼ぶときに、「〜ちゃん」という。しかし、ロシア中央部に住むモンゴロイド系民族の中に、これとまったく同じ言い方をしている民族がおります。この前、テレビのクイズ番組の中で、彼らも互いを「〜ちゃん」と呼び合っていました。

 

  一方、ヒマラヤ山脈の麓に住むレプチャ族の言葉にも、日本語と同じものがあります。たとえば、「売る」は「ウル」、「汁」は「シル」「青」は「アオ」、背高「ノッポ」は「ニッボ」など・・・

 
 

 日本語の「ありがとう」は、ヘブライ語で「アリ・ガドゥ」(私にとって幸運です)と言う。「辺り」は「アタリ」、「壁」は「カベ」、「火傷」は「ヤケド」、「匂い」は「ニホヒ」、「刈る」は「カラ」、「許す」は「ユルス」(取らせる)、「登る」は「ノボー」、「憎む」は「ニクム」(復讐する)、「商う」は「アキナフ」(買う)、「かぶる」は「カブル」(うずくまる)、「書く」は「カク」、「住む」は「スム」、「訛る」は「ナマル」、「庇う」は「カバァ」、「困る」は「コマル」、「積もる」は「ツボル」、「いつ」は「イツ」、「童」は「ワラド」、「終り」は「アハリ」、「今日」は「カヨム」、「座る」は「スワル」(休む)など・・・


 このように、ヘブライ語との共通点がありますが、これは、ほんの一部にしか過ぎません。

 
 前回、英語の「History(歴史)」の語源は、「His Story(救い主の物語)」であると言いました。世界の国々の歴史や文化や言語に、
聖書の教えと深い関係があること、そして、沖縄の習慣や行事にも、聖書の教えとの類似性があります。

 
 

 たとえば、沖縄でサン(またはサンゲー)と言えば、ススキで作られた十字の型の魔除けのことです。それがイエスの十字架から発して
いると考えるウチナンチュウは、決して多くはいません。しかし、サンが魔除けであることには、聖書的な意味があると思います。


 「イエス・キリストは、33年間地上で生活なされ、十字架上で全人類の罪を贖いました。そして、葬られて3日目に復活され、40日間、十二使徒たちをはじめ、多くの人たちに、病を癒し、悪霊を追い出す力(権能)を与えました。ですから、十字架は、永遠の生命と力のシンボルです。

 
 

 十字といえば、昔、沖縄では、人が亡くなると遺体の枕元に「ムイバン」(盛ご飯のこと、茶碗のご飯に箸を十字に立てる)を置く。人が死ん
でから、1週間目に、外で燃やしていた火を消すときに、用いる道具はサンに3枚肉をはさんだもの、そして、ふたりのガードマンを両側に立てました。
 その理由は、万が一、他人がそこを通れば、悪霊がその人の中に入って死んでしまうと考えていたからです。ですから、この行事が、いかに厳粛、かつ厳格に行われていたかが分かります。

 
 「カジマヤー」(97才の長寿祝い)も、十字架にちなんだ行事です。カジマヤーとは、沖縄の方言で、「十字路」であり、「風車」を意味します。
97才の高齢になったら、「風車」で遊ぶ子供のような純粋な心に戻り、神の子のようになるという意味です。

 
 

 昔は、門中の人たちが集まって、カジマヤ―祝いの老人をカゴや馬車に乗せて、集落の七つの十字路(カジマヤー)を練り歩いて、お祝いを
しました。今は、オープンカーに乗って、赤色や黄金色のチャンチャンコや頭巾やハチマキをして、風車を持って沿道の人たちに手を振って、
長寿を分かち合っています。毎年、旧暦の9月7日に行われています。

 
 ミントングスクの伝承では、カジマヤーと神様が結びついています。「十字のカジマヤーは風車、しかし、それだけでは回らない。神様がその中心に息を吹きかけて初めて回り、生きることができる。1枚の羽は、アルファ(ギリシャ語の最初の文字)であり、4枚の羽が回ってオメガ(ギリシャ語の最後の文字)になる。」と・・・

 
 

 イエスが葬られたお墓は、岩をくりぬいたもので、広い岩室が設けられていました。沖縄のお墓も岩をくりぬいたり、緩やかな斜面を利用して、造ったものに、亀甲墓があります。亀の甲羅状の石の屋根の下に、畳にして4畳から大きい場合は8畳もある石室が設けられています。

 その理由は、当時は火葬はなく、死後数年間は遺骸を石室内に放置して、数年後に親族で洗骨して改めて骨壷に納骨して石室に収めた。石室は階段状になっており、一番奥の高いところに、一番古い先祖の骨壷から順序よく置いていった。

 亀の甲羅状の屋根が覆う部分は、母の胎内を表し、そこから人が生まれてきた出生以前の胎内を意味しています。

 
 

 中国の易経の世界観は、人の一生は、誕生以前の闇の黒冬、青春(青年期)、朱夏(壮年期前期)、白秋(壮年期後期)を経て、老い衰えて目も見えず、耳も聞こえず再び死の闇に戻る。この四つの季節に、東西南北が当てられ、それぞれを四聖獣が守護するといわれ、北の玄冬(老年期)に当てられているのが、伝説上の亀の一種、玄武であることから、母体の中の闇の世界を亀の甲羅で覆ったのであると考えられます。

 
 

 こうしたお墓は、沖縄本島の中南部によく見られますが、それ以外にも台湾、香港、中国の福建省などに多く見られます。景教徒が中国大陸の宗教や文化に大きな影響を与えたことがわかります。


 578年に、「西方の地」から景教徒が中国にやって来たが、当時の中国の皇帝は、まだ外国の宗教に対してオープンではなかった。皇帝は儒教徒の主張に従い、外国の仏教やキリスト教にも門戸を開いていなかった。そのために景教徒が中国に入っても、すぐにキリスト教の伝道が進んだわけではなかった。

 

 しかし、唐の「太宗」皇帝(在位626〜649)の時代になって状況が一変した。太宗は名君と言われ、広い心と包容力を持ち、洗練された文化を愛して、良いものなら、何でも外国からも取り入れた。635年に、景教徒オロペンは、21人の聖徒を率い、中国・長安に入って皇帝に謁見した。そして、キリスト教の教えについて、皇帝に説明すると、皇帝は感激して、「これほどの真理は儒教にも仏教にもない。朕(私)自ら信じるので、全国民よ、朕に学べ。」と述べたという。

 
 

 大宗はその後、景教徒たちに書殿において聖書を中国語に翻訳させ、自らその教えを宮中で学んだ。皇帝はまた、景教徒の中国での宣教を許可、638年に全国に布令を発した。同年に最初の景教のキリスト教会を、長安の都、に建設された。その後、中国各地に、キリスト教会が建てられました。

 
 

 空海は、805年、留学生として、最澄、遣唐使たちとともに、唐に渡り、長安にある仏教寺院・西明寺に入り、その後、諸寺を歴訪して師を求め、ついに長安の青竜寺の僧「恵果」に出会う。恵果は「真言密教」(真言宗)の僧侶で、真言宗第7世と呼ばれた人である。彼は中国の真言宗の大成者「不空」の弟子であった。

 空海は、この恵果から真言密教を学び、真言宗第8世となった。

 
 中国の長安の都には、空海がいた同じ居住区に、歩いていける距離に、景教の教会「大秦寺」があった。そこには、有名な景教碑の碑文を書いた「景淨」がいた。

 景浄は、カシミール出身の「般若三蔵」と交流があり、彼に景教の伝道を行なっていました。彼は景教にしだいに心酔し始めていました。

 般若三蔵は、空海にサンクリット語を教えた先生でした。二人はかなり激しい議論をかわした。特に絶対者をめぐっての論争で、実在する救い主は誰か?

 
 空海は、それは「仏陀だ」と答えた。それに対して、般若三蔵は、「違う、イエスだ」と反論した。こうした議論を通して、空海はキリスト教についてかなりの知識を吸収したのである。この時、空海は、景教徒にはならなかったが、その後の彼の思想や言動を見てみるとかなり景教の教えを吸収していたことがわかります。

 
 空海は、長安の都で、「マタイの福音書」や「新約聖書」を得て、日本に持ち帰った。真言宗の総本山・高野山のお寺の宝物庫に保管されていると言われています。

 ちなみに、あの景浄の碑文「大秦景教流行中国碑」のレプリカが、高野山にありますので、訪問される時には、漢和辞典を持って、読んでみてはいかがですか?

 
 1200年前の中国でのキリスト教徒が、どのような生活をしていたかがわかりますよ。

次の早い時期に、「大秦景教流行中国碑」の内容について検証したいと思います。 ご期待下さい!
 
 
 
 
 
 
 
posted by 沖縄のホフマー at 19:29| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

聖書の預言と沖縄のわらべ歌との類似性について

「ウチナtomoehoshi02.jpg〜moonのチムグクル」&「タルム〜ドの心」
               その4
ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜!

 
 世界で最もよく売られている書物は、何ですか?、ご存知でしょうか?
そうです。聖書です。1年間に、一体、どのくらい売られているのでしょうか? 
何と、3,500万冊売られている、超ベストセラーです。

 
 聖書は世界で最も多く翻訳されている書物です。国際補助語協会によりますと、世界の諸言語はおよそ2,500から3,500あると推定されています。聖書は286の言語に翻訳され、そして 2,167(1996年12月現在)の言語に部分的に翻訳されています。

 
 聖書は世界で最も高価な書物です。それは、1987年 10月22日、ニューヨークのクリスティーブの競売で、東京の丸善が世界最高額の8億円で「グーテンベルクの聖書」を落札しました。

 
 世界で最も多く売れて、最も多く翻訳されて、最も高価な書物である聖書とは, どのような書物なのでしょうか?
 
 聖書の最も古い部分は、紀元前1,500年頃に書かれました。最も新しい部分でも紀元100年頃に書かれました。


 それだけではありません。
 
 聖書は、約1,600年間にわたって約40人の、異なった時代の、異なった身分の、異なった職業の、異なった場所で書かれたにもかかわらず、完全な調和と統一性があります。


 何故でしょうか?
 
 聖書を書いた著者たちの身分、職業は千差万別です。一国の王から羊飼い、農民,漁師、取税人、医師などさまざまです。一般的に、国を支配する王と支配される住民の考え方の違いは明白です。また時代を経て、住む場所における考え方の違いも明白です。にもかかわらず、有り得ないはずが、しかし事実として、聖書は、現在も存在しています。


 1,600年間という長き時代における人間の文化や価値観、考え方の違いは計り知れないものがありますが、すべてを乗り越えて、完全な調和と統一を持って、強い意志と信仰の下で、書き上げられました。まさに奇跡だと言わざるを得ません。

 そのカギは、何でしょう? 実は本当の著者は、この地球を始め万物を創造された「真の神様」だからです。

 
 歴史学者としてオリエント史を研究されています三笠宮殿下が、なぜ歴史を学ぶようになったかについて次のように述べています。

「私は、戦時中に敵を知ろうと、キリスト教を調べ、聖書にぶつかった。初めは文明を誇る白人がなぜこのようなものを信じるかと笑ったが、
聖書が歴史的に事実だと知った時、聖書から離れられなくなった。」と・・・

 
 かつて聖書がねつ造した民族と歴史家が笑ったヘテ(ヒッタイ)人の遺跡が出現し、バビロンやカルデヤのウルの都が砂漠から顔を見せ、ヨシュアが火をかけて破壊したエリコの焼け跡が発見されました。歴史的な事実に反する書として攻撃を受けた聖書は、考古学の発見によって、歴史的な事実の書であることが証明されました。


 その結果、書き直されたのは、人間の書いた歴史書の方でした。

 また聖書と言えば、科学に反すると多くの人が考えています。しかし、事実は科学的な証明が聖書と一致してきたのです。

「彼は北の天を空間にはり、地を何もないところに掛けられる。」 (ヨブ26:7)


 聖書は何千年も前から、地球は何もないところに、浮かんでいると語っています。この事が事実であるとすべての人が認めたのは、
人類が宇宙空間から地球を眺めることができるようになってからです。


「地は印せられた土のように変わり、衣のようにいろどられる。」 (ヨブ38:14)


 聖書は、何千年も前から、地球は自転していると語っています。その当時、刻印を押すためには、円筒形の印章のついた物を粘土版の上に転がして刻印を押していた。地球が「刻印を押された粘土のように変わり」とは円筒が回るように地球も自転して「衣服のようにいろどられる」とは、1日が( 朝、昼、晩、)と変わり、1年が( 春、夏、秋、冬 )と移り変わっていく地球の様子が示されています。


 聖書の中で預言されたことは、すべて成就します。それは歴史が証明しています。

 
 今回は、多くの預言の中からユダヤ人自身の国が一度、滅亡し、そして再び再建されたことについて、一緒に検証しましよう。

紀元前およそ1,500年に聖書はユダヤの国の滅亡と再建について預言しました。

● ユダヤの国の滅亡について


「主は、遠く地の果てから、わしが飛びかかるように、一つの国民にあなた(ユダヤ人)を襲わせる。その話す言葉があなたには分からない国民である。その国民は尊大で、老人を顧みず、幼い子を憐れまず、家畜の産むものや、地の産物を食い尽くし、ついに、あなたは死に至る。」  (申命記28:49〜51)


 歴史では紀元70年、ローマのティトス将軍によって、ユダヤの首都であったエルサレムは陥落しました。


「わしが飛びかかるように」とは、実はローマの軍旗がわしでした。ローマ軍はわしの軍旗を掲げながら、国々を侵略していきました。また、歴史はローマ軍が残忍な軍隊であったことを証明しています。


「その国民は、あなた(ユダヤ人)の国中のすべての町を囲みあなたを包囲し、ついにあなたが頼みとする堅固な高い城壁をことごとく打ち崩し、あなたの神、主が賜った国のうちのすべての町々を攻め込むであろう。あなたは敵に囲まれ、激しく攻め悩まされて、ついにあなたの神、主が賜ったあなたの身から生まれた者、息子、娘の肉を食べるに至るであろう。」 (申命記28:52〜53)

 
 紀元70年ローマ軍がエルサレムを包囲した時、多くのユダヤ人たちは、エルサレムが陥落するはずがないと思っていました。
何故なら、エルサレムは北側を除いて、三方が谷に囲まれていたからです。このためエルサレムは天然の要塞になっていました。
一つだけ残された北側の入リ口も三重の城壁に囲まれていたからです。

 
 天然の要塞と三重の城壁に守られていたエルサレムを、ローマ軍は包囲後143日目に、陥落させました。

ローマの歴史家ヨセフスはこの時の模様を「ユダヤ戦記」のなかで詳しく述べています。ユダヤ戦記によると143日におよぶ包囲のために、
エルサレムでは、餓死の為に人肉が食べられていたと、はっきりと記されています。

● ユダヤ人が再び国を持つことについて

「あなたの神、主はあなた(ユダヤ人)を囚われの身から帰らせ、あなたをあわれみ、あなたの神、主がそこへ散らしたすべての国々の民の中から、あなたを再び集める。たとえ、あなたが、天の果てに追いやられていても、あなたの神、主はそこからあなたを集め、そこからあなたを連れ戻す。」  (申命記30:3〜4)

 
1948年5月14日、聖書の預言を知る多くの人々は、「奇跡だ」と叫びました。ユダヤ人が国を持ったからです。
1948年5月14日、ベン・グリオンはテル・アビブにおいてイスラエルの独立を宣言しました。
独立の翌日、かねてより、不満を抱いていたエジプト、シリヤ、ヨルダン、レバノン、イラク、サウジアラビヤ、が同盟を結びイスラエルに攻めてきました。

 
 戦前の予想では、圧倒的にイスラエル側が不利でした。少数の武器と兵士しか持たないイスラエル軍がアラブ同盟軍と戦ったのです。
しかし、イスラエル軍は勝利を勝ち取りました。その後、三度の中東戦争がありましたが、イスラエルは現在も、国家として存在しています。

 聖書の預言は、絶対ですね。そして感心するほど、必ず成就するのです。


 それは、何故でしょうか?

 聖書が真の神様によって、預言者たち、使徒たちを通して書かれた書物であるからこそ、一字一句の預言が完全に成就するのです。


 皆さんは、聖書が、「旧訳聖書(創世記〜マラキ書)39巻」と「新約聖書(マタイ伝〜黙示録)27巻」の二つから成り立っていることを、ご存知でしたか? そして、聖書は一冊の書物ではなく、66巻の書物から成り立っています。しかし、これですべて完成したわけではありません。 これからも、古い巻物が出てくる可能性があります。  「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。
もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」 (ヨハネ21:25)


 私は旧訳聖書の中では、イザヤ書が一番好きです。その書物の中に、イエス・キリストの生涯とその使命、この末の世に救い主、自ら再臨されること、そして救い主が統治される福千年(幸福と平和な時代)などの預言が、詳しく述べられているからです。

 
 特にイザヤ49章は、特別な思いと熱い救い主の愛を感じます。それは、これから起こる、数々の預言の始まりであり、沖縄には、数多くの風習やわらべ歌などがあります。それが、ユダヤの風習や聖書の教えと類似性があること、本当に驚かされます。


 前回、この「ウチナ〜moonのチムグクル」の、(その3)で、赤田首里殿内の童歌について、もう少し、お話することを約束しましたよね。


 「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)は、現在の沖縄県那覇市首里赤田町において、琉球王朝時代から、石川家を中心に行われてきた祭礼「弥勒迎け(みるくうんけー)」とは、「弥勒様をお迎えしましょう」と言う唄のわらべ歌です。


 昭和初期に途絶えていたが、1994年(平成6年)に復興された。現在では沖縄民謡曲として三線と一緒に歌われたり、沖縄都市モノレール(ゆいレール)の首里駅の案内音声にオルゴール音に編曲されたものが用いられたり、今なお、沖縄県内で親しまれています。

八重山で歌い継がれている弥勒節の一つでもあります。  わたしも、大好きなわらべ歌です。


概要


 沖縄地方に点在する「弥勒」信仰自体は、各地で独特の習わしに従い、行われているものであった。そして、それは、本来的な弥勒信仰とは異なり、沖縄古来の土着信仰である「ニライカナイ」や豊穣祭などといった様々な祭礼と弥勒信仰が混ざり合った形となっているものです。
 さらに、「弥勒の世果報」を期待することを唄いあげていますが、赤田町やほかの沖縄地方の「弥勒迎け」においては、ユーモラスな出で立ちと「布袋」の仮面が使用されています。 笑いながら、子供たちを引き連れて歩く姿は、心がなごみますね。


歌詞を紹介します。


1.赤田首里殿内 黄金灯籠提げてぃ 
 (あかたすんどぅんち くがにどぅーるーさぎてぃ)
  
「首里赤田村の首里殿内に 黄金に輝く灯籠を掲げて 」
 
 うりが灯がりば 弥勒御迎え  
 (うりがあかがりば みるくうんけー)

 
「それが明るく灯ったならば 弥勒様をお迎えしましょう 」


(囃子)  
    シーヤープー シーヤープー ミーミンメー ミーミンメー 

    
    ヒージントー ヒージントー イーユヌミー イーユヌミー 


2.大国の弥勒 我が島に往もち 
 (だいくくぬみるく わがしまにいもち)

「大国の弥勒 私の島にもおいで下さい 」

 御拡きぼせみそうり 弥勒世果報 
 (うかきぶせみそうり みるくゆがふ)
 
「そして広めて下さい 弥勒の太平の世「ゆがふ」を 」

(囃子)  繰り返す

3.弥勒世ぬ 昔繰り戻ぅち 今に  
 (みるくゆぬ んかし くいむどぅぅち なまに)
 
「弥勒世(豊年の世)の昔を 今に戻して 」

 御万人ぬまじり、遊ぶ 嬉しや  
(うまんちゅうぬまじり、あしぶうりしや)
  
「万人の人が 皆、遊ぶ 嬉しさ 」
 
(囃子)  繰り返す


4.道々の巷 唄歌てぃ遊ぶ 
 (みちみちぬちまた うたうたてぃあそぶ)
 
「道々のそこかしこ みんなが唄を口ずさむー平和な世の中 」


 弥勒世の世果報 近くなたさ  
(みるくゆぬゆがふ ちかくなたさ)
  
「弥勒の「ゆがふ」が 近くなってきたようだよ 」

(囃子)  繰り返す

歌詞の内容を簡単に説明しますと次のようになります。


 昔は、首里殿内(現在の首里城)は赤田村にありました。
 
「首里殿内全体に黄金の灯籠をかざして、真昼のように輝かして、弥勒様をお迎えしましょう。
 大国の弥勒様 我が島にもお越しください。お待ちしております。
 そして、弥勒の平和と幸福な世「ゆがふ」を、教え導いて、広め、与えて下さい。

 昔あった弥勒世(楽園の世)を今に戻して、万人の人が、皆、もう一度、心から喜んで楽しむこと
 ができるようにして下さい。
 島々のいたるところで、みんなが歌い喜んでー平和と幸福に過ごす世の中にしてください。
 その輝かしい弥勒の世(ゆがふ)も、もう間近にせまって来てますよ。」と・・・

私たちの先祖は、毎日、赤ちゃんや幼い子を背中に負ぶって、あやしながら、歌って聞かせていたのです。

 
 この童歌は、NHKの「みんなの歌」でも紹介されて、全国的にも親しまれるようになりました。
 
特に、囃子の振付のところが、可愛らしいそぶりで、子供たちが楽しく、歌って踊っています。

 
 シーヤープー シーヤープー
(振りは、ほほを膨らませて、両人差し指をほほに付けて、頭を左右に振る。)
 
 ミーミンメー ミーインメー 
(振りは、両手で、耳を下に引っ張り、頭を左右に振る。)


 ヒージントー ヒージントー 
(振りは、曲げた肘を左右交互に、下から叩く。)

 
 イーユヌミー イーユヌミー 
(振りは、右の人差し指で、左の手のひらの真ん中を突く。そして左の人差し指で、 右の手のひらの真ん中を突く。)


 囃子言葉が変わるごとに、口、耳、肘、手のひらを動かす動作が、何故か、イザヤ書49章を読んでる時に感じたことと同じ篤いものを感じました。

 
シーヤープー シーヤープーの振りから、イザヤ書49:2を読めば、
「矢は口にしまい、何も言わないで、静かにしてね。」になる。
 
ミーミンメー ミーミンメーの振りから、イザヤ書49:1を読めば、
「海沿いの島々よ、わたしに聞け、遠いところのもろもろの民よ、耳を傾けよ。」になる。

ヒージントー ヒージントーの振りから、イザヤ書49:4を読めば、
「わたしはいたずらに骨折り、むなしく力を費やした。」になる。

 
イーユヌミー イーユヌミーの振りから、イザヤ書49:16を読めば、
「私はあなたを忘れない、手のひらにあなたを彫り刻んだ。」になる。
 
 「イーユ」とは、沖縄の方言で、「魚」のことです。「ヌミ」とは、「の目」のことです。ですから、「イーユヌミー」とは「魚の目」になります。

 
 初代キリスト教会の人々は、自分たちがクリスチャンであることを示すために、しばしば、魚のマークを用いた。その理由は、魚を表す
ギリシャ語(イクスース)の各文字が、それぞれ、「イエス」「キリスト」「神の」「子」「救い主」という五つのギリシャ語の頭文字に該当する
からです。


「イーユヌミー」とは「イエス様が見ていますよ!」と言う意味が込められていますね。ですから、どんなにつらく苦しくても、不平を言わず、主の御言葉に、耳を傾けて、無駄なように見えても、どんな困難にも堪え忍んで、弥勒世果報(福千年)を待ち望みましょう。
それはもう真近に迫って来てるよ!

 勇気を出して、頑張ろう!!とわたしたちに、幼いころから、呼びかけている童歌だと思います。

 わたしたちの人生への応援歌のようですね!

 
 仏教の教えの中に、弥勒菩薩は、仏陀が没してから、56億7千万年後に、地上に降りてきて、人々を救済するとされています。弥勒菩薩の語源を調べた結果、「弥勒の原語であるインドのマイトレィアは、中国ではミレフ、日本ではミロクで、これはヘブライ語のメシア、ギリシャ語のキリストである。」と結論付けています。
 
 ヘブライ語の「メシア」が、インドでは「マイトレィア」、中国では「ミレフ」、日本では「ミロク」となったのですと・・・、仏教史学の権威者エリザベス・ゴードン女史が述べています。

 
 沖縄では、お祭りや結婚式など祝い事の最後に、参加者全員で、一緒に喜びを分かち合うために、三線や太鼓に合わせてカチャーシーを踊ります。沖縄の結婚式に参加した、あるユダヤ人の女性が、カチャーシーを見て涙を流していたそうです。きっと、遠い故郷を思い出していたのでしょう。

 
 ユダヤの結婚式について、yahoo で検索したところ、式の終りに、白いウェディングドレスの花嫁が、親戚の人たちと、にこやかに両手を上にあげて、手首をまげて、踊っている写真を見た時、まさにカチャシーを踊っていると・・・、感動しました!

 「百聞は一見に如かず。」 あなたもご覧になってください!


 琉球音楽は世界的にも珍しく、三本弦の楽器は世界の中で三線だけです。どうして沖縄と日本にだけに三味線があるのだろうか? 
実は、旧訳聖書に三本の弦で作った楽器が出てきます。

 それは、ペリシテ人が戦いに備えて軍隊を招集して、イスラエル軍に相対したとき、ペリシテ軍の一人の戦士ゴリアテ(身長が2.98cmの巨人)が、イスラエル軍に向かって、「今日、イスラエルに挑戦する。相手を一人出せ、一騎打ちだ。」 「もし私を打ち取るようなことがあれば、我々は、お前たちの奴隷になろう。だが、わたしが勝てば、お前たちが奴隷となって、我々に仕えるのだ。」と、それを聞いたイスラエルの全軍は、恐れおののいたのです。

 
 しかし、そこで羊飼いのダビデが選ばれて、彼とたたかった。身に付けていた投石袋から、小石を取り出して石投げ紐を使って飛ばした。石は見事ペリシテ人の額に命中し、深く食い込んで倒れたので、彼を討ち取った。奇跡的な勝利に、イスラエル軍は、大喜びで凱旋しました。


「皆が戻り、あのペリシテ人を討ったダビデも帰ってくると、イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声を上げ、三弦琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた。」とあります。(サムエル記上18:6) どんなに、喜んだことでしょう。

 太鼓はパーランクーで、三弦琴は三線で、喜びを全身で表す、軽快で、自然的な歌と踊りは、早いテンポのカチャーシー以外には考えられませんね。

あなたはどう思いますか? 

 聖書の教えと沖縄の文化や童歌が、これほどまでに、類似していることは、単なる偶然ではなく、そこに深い神様の御心と愛を感じます。
まだまだ私たちが、知らない数多くの驚くべき預言が、沖縄の風習やわらべ歌に隠されているように思います。
 これからも、ご一緒に探究していきましょう!

 
 
 
 
 
 
 


 

posted by 沖縄のホフマー at 00:29| Comment(0) | 沖縄・ユダヤ文化の類似性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

ユダヤのジョークと沖縄の笑い話と3行ラブレター

Okinawa-tiida03.jpgテイーダカンカンコーナー(あなた方の光を、輝かし・・・)マタイ5:16
 その3
 

 ハイサイ!
 Are you チャ〜ガンジュ〜?
日本人は、ジョークを不当に軽んじる傾向があります。若い人たちの中にも、「また、オヤジギャ〜グを言って!、サブ〜キモイ〜!」とか、年配者からは「下らん話ばっかり言って、もうやめてと、おしかりを受ける。」ことがあります。(このように言う人に限って、便秘症が多い?)これジョークです。また、「くだらん」と言われそうですね。


そういう点で、日本人は、大きな損をしている。笑いは、人にとって、大きな武器になります。笑いは人を慰め、傷を癒してくれます。ですから、笑いは人間にとって、最良の友であります。

笑える者は、人にやさしくなれるのです。たとえそれが、駄洒落であっても、その場の空気が読めて、頭の回転が早く、連想する力がなければ、笑いは生まれてきません。ユダヤ人は、長い歴史を通じて迫害され、苦難の道を歩んできたが、ジョークがその強い精神を守る鎧になっています。人は、自分に害を及ぼす敵や自分が置かれた苦しい状況について笑える間は、屈することはないのです。
その点、ウチナ〜チュ〜(沖縄の人)にも相通ずるところがありますね。

 現在、日本における年間の自殺者数は、3万人以上と言われています。本当に残念で、悲しいことです。自殺をされる人には、共通点があります。心がやさしく、人に親切で、思いやりがあります。どちらかと言えば、物静かで、あまり笑わない、無口な人が多いです。
そして、その中の75%以上の人がうつ病の疾患で苦しんでいます。自殺以外に選択する方法を見出すことができないほど、深く自分を愛しています。
 そして心の葛藤と苦しみから逃れたいために、光を求めています。時間がかかるかもしれませんが、多くの人と会い、語り、アドバイスを受けて、自らの進むべき、人生を見出してください。 「希望のあるところに、道は開かれます。」
 「解決されない、悩みや苦しみはない。あらゆる問題は解決されるためにある。」と信じてください。
 「あらゆる病に効く、特効薬があるとすれば、それは笑いである。」と確信しています。
「本当のしあわせに、しみじみと、むせび泣きたいのなら、今日の不幸せに、笑って耐えようではないか、友よ! 明日泣け。」


ユダヤ人が集まると、かならずジョークの交換が行われます。「今日、こんなことがあったよ!」「何だと思う?」と実際に起こった事件のように、表情豊かに話し始める。彼らにとって、ジョークは、自己の表現と創造であり、知性と感性を磨く、知的なコミュニケーションの手段になっています。笑うことにより、心にゆとりをもたらし、明日への活力を生み出します。

以下の事例を参考にして、あなたもジョークを造ってみては、いかがでしょうか?


 ユダヤのジョーク

● 誤解されない方法

 ある妻が、声楽を趣味にしていました。ところがその妻が歌いはじめると、いつも夫が、玄関の戸を開けて家の外に出てしまうのが不満で
 あった。 今日も、妻が歌いだすと、夫は表へ出た。「あなた! わたしが歌うたびに、どうして玄関の前に立つの?」と妻が詰問した。
 「それは、ご近所から、ぼくがお前に暴力を振るっていると、誤解されたくないからさ。」と夫が答えた。 

● 夫婦の愛の変遷

 男女が結ばれて結婚するが、時がたつにしたがって、コミュニケーションの在り方が変わるようになるものですね。
 「結婚前は、男性が一方的に話すのに対して、女性が従順に聞く。」
 「結婚後は、妻が一方的にまくしたてて、夫が耐えて聞く。」
 「やがて、三年も経つと、双方が一方的に、はげしく、まくしたてて、隣近所が黙って聞く。」


● 天国が嫌い?

 父親「息子よ、寝る前にちゃんと神様にお祈りしなきゃ、天国に行けないよ。」
 息子「ぼく、天国なんて行きたくない。」
 父親「えぇ!」
 息子「パパとママが行くところへ行きたいんだ。」

● 想像力

 父親「30人のクラスで、ビリの成績を取るなんて恥ずかしくないかね!」
 息子「パパ、でも、もし、クラスに60人いると想像したら、そんなに悪くないよ。
    人生は、もっと夢を持たなきゃだめだよ。だから、パパは出世しないんだよ。」


● 将来の夢

 今日、母の友達が家に遊びに来ました。
 母の友人が「ねぇ!お母さんと同じ年になったら、何がしたい?」と聞いた。
 娘「ダイエット。」

● 読者は何人?

 詩人「やぁ!久しぶりだね。」
 友人「何年振りかね。ところで、詩のほうは売れているかね?」
 詩人「あれから、読者が倍に増えたよ!」
 友人「それは、おめでとう!君が結婚したとは知らなかったよ。」

● 授業中の会話
 先生「わたしが、君たちの頃にはネ、物事を、もっとよく理解したもんだょ〜」
 生徒「きっと、いい先生がいたんだね。」

● 各国の国民性

 豪華客船が、火災に遭いました。船長は、一刻も早く、世界各国のお客さんを船から脱出させなければなりませんでした。
 そこで船長は、・・・
 イギリス人に「今、飛び込んだら、真の紳士とよばれますよ!」

 アメリカ人に「今、飛び込んだら、スーパーヒーロになりますよ!」
 イタリヤ人に「今、飛び込んだら、すべての女性からもてますよ!」

 フランス人に「あなただけは、飛びこまないでください!」
 
 ドイツ人に「これは、船長の命令ですよ!」

 ロシヤ人に「並ぶ必要はありませんよ!」
 日本人に「もう、みんな飛び込んでますよ!」
 韓国人に「もう、日本人も飛び込んでますよ!」

 中国人に「今、飛び込めば、5,000人目になりますよ!」
 大阪の人に「阪神が、優勝しましたよ!」
 沖縄の人に「ナンクルナイサ〜!(何とかなるさ〜)」
 (あなたなら、何と言われたら、喜んで、飛び込みますか?)

  
 沖縄の笑い話

  
沖縄には独自の方言があります。それが、英語の発音とよく似ているために、意味は違っても、お互いに上手にコミュニケーションがとれていました。


● 戦後間もなく、沖縄のオジ〜が、お腹がすいていたので、やむなく他人の芋畑で、芋を掘り起こしていたら、向こうから、アメリカ兵がやって来た。あわてたオジ〜が「わったーいむん」(これは、私の芋です)とアメリカ兵に言った。それを聞いたアメリカ兵が、「なーひんとぅりー(もっととりなさい)」と方言で答えたので、オジ〜は喜んで、芋を取ってから、急いで帰っていった。
そして、オバ〜に、「今日、方言がうまいアメリカ兵に会って、いっぺ〜 しかんだよ(大変 驚いたよ)。」「へぇ〜!」
  
 そのアメリカ兵が、部隊に帰ってから、そのことをみんなに話した。今日、沖縄の老人が、英語で話しかけて来たんだよ。「What time now?(わったーいむん)今何時ですか?」 そこで、答えてあげたよ。「Nin three。(なーひんとうりー)9時3分だよ。」 それから、老人は何か約束があったのか、あわてて帰って行ったよ。

● 以心伝心

 昔は、老婆もよく道を歩いていた。ある日、二人のオバ〜が、道でばったり会いました。ひとりのオバ〜が「あい!、あい!、あい!、あい!、あい! 」と言ぅと、もうひとりのオバ〜も「あい!あい!あい!あい!あい!」と言って、お互いに手を取り合ってから、そして、別れて行った。

(オバ〜たちが、何を話していたか、分かりましたか?) 「あれ〜久しぶりね!あんた元気だったね!」「元気だったさ〜、あんたも元気で、よかったさ〜!今日はまたいい天気だね!」
 といっているんだって! ホント〜! べんりだね。


● 沖縄の人に質問です!

 笑い話など聞いて、驚いたときなどに「ハゲ〜!」って本当に言うんですか? 「ハゲ〜!」とは言いませんが、「アゲ〜!」と言いますよ。
「アキチャビヨィ〜!」とか「アッサビョ〜!!」とか「アンマョ〜!」「アキサミョ〜!」もありますね。 あいゃ〜、いっぱいあるね〜!
 宮古では、「アバァ〜!」って言うんだよ。 (沖縄の方言って、いろいろあって、おもしろいね〜!)

● 原因はだれ?

 娘「何で、もっと色白で、可愛いい子に生んでくれなかったのさ〜?」
 父「受け止めた、母さんのせいさぁ〜!」って・・・それを聞いた母の反撃
 母「送り出した、父さんが悪いさぁ〜!」って・・・それを聞いた父が娘に反撃
 父「たどり着いた、お前が悪いさぁ〜!」だって・・・

● 沖縄そば料理店での出来事

 沖縄そばが入った、どんぶりの中に、オバ〜が親指を入れたまま、持ってきた。
 お客さんが、思わず、叫んだ、「指、指、指・・・」と連呼した。
 オバ〜「指は熱くないから、心配しないでいいよ〜!」
 
 お客さん「オバ〜!沖縄そばの中に、髪の毛が入ってるよ!」
 オバ〜「それ、大丈夫さ!けさ、シャンプしたから・・・」

 お客さん「オバ〜!沖縄そばの中に、ハエが入っているよ!」
 オバ〜「だぁ!死んでいるさ〜、大丈夫だよ。」
 (このオバ〜たちの、図々しさ、大胆さ、大戦を生き抜いてきた、図太さ、たくましさ、明るさに、乾杯〜!)

● ふかぁ〜い具志堅 用高のはなし?
 ドライブスルーに入ったら、女性の声で、「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ!」
 彼は、メニューを見ながら、マイクに向かって、「コレとコレとコレをください。」と言った。
 女性の声「あの、名前をお願いします。」と言うと・・・
 彼「名前??あぁ〜、具志堅用高です。」

 具志堅さん「あなたの母校の伝統は、何ですか?」の質問に、「ナショナルですっ!」と答えた。
 具志堅さん「あなたの座右の銘は、何ですか?」の質問に、「右も左も2.0です!」と答えた。
 具志堅さん「あなたの家紋は、何ですか?」の質問に、「あぁ、ブロック塀です!」と答えた。
 具志堅さん「もし、ボクサーになっていなかったら? 何になってましたか?」の質問に、
 「あぁ、海を歩いていましたねぇ!」と答えた。
 あるテレビ番組で、一緒になった女性タレントさんの血液型が何型か、聞かれて、「ん〜、やせ型です!」

● 結婚適齢期は?
 オバ〜の末っ子は、40歳になっても結婚する気配がなかったので、いとこの一人が、オバ〜に「オバ〜!
 おじさんは、なかなか結婚しないけど、面食いなの?」と親戚が集っている所で、聞いてみたところ、
 オバ〜の答え、「うん、あれは、いっぺ〜麺じょう〜ぐ〜ど〜!(彼は、大変麺類が好物だよ!)」でした。
 親戚一同、大爆笑でした。
 (メン違いでしたね、でも、麺好きはやっぱり、面食いなのかな〜?)


● ある老人ホームでの話
  寝たっきりでも、受け答えできるオバ〜のオムツを交換している時に、別の利用者が「オバ〜、早起きだね〜」と
  これまたべつの利用者に声をかけているのを聞いてた、「自分もオバ〜のくせに、オバ〜がオバ〜にオバ〜と言ってるサ〜」
  と看護婦さんに話しかけてきた。このオバ〜は自分だけは、オバ〜だと認めたくない・・・ということかな?
  (長生きしたいが、年は取りたくないというオバ〜もいます。身勝手ですね!)

  
  3行ラブレタ〜
 
「人生が変わる1分間の深イイ話」
  珠玉のラブレタ〜を穴埋めクイズ形式で載せます。「短い言葉」の答えを考えて、あなたの知性と感性を伸ばしましょう!

 
 1.「君からのメールが届いた
       「元気?」って・・・
             たった今、□□□□□□」

 2.「お互いに電話を切るのがへただから
            いつもなんだか寝不足だよね
                 そろそろ電話の□□□□□へおいでよ」

 3.「あなたは、私を「元気なひまわり」って言ってくれた
    だからもっと元気に育つよ
    □□□□□がいつも近くにいるから」

 4.「生きていれば、時間は減っていくもの
           その中で増えていくものがある
                  □□□□□□と□□□□□□」

 5.「メールも電話もデートも 全部私からだった
        でも許す 初めてのあなたからの提案が
         □□□□□だなんて」

 6.「私の大好物 サイコロステーキ
       5つあったら 3つはあなたで 2つはわたし
             愛は□□に勝つって初めて知ったよ」

 7.「もしタイムマシーンがあっても
            僕は過去に絶対戻らない
       □□□□□□君をもう一度勝ち取る自信がないから」

 8.「10年ぶりの同窓会 
       捨てられなかったネックレスを久しぶりにつけました
        あなたへの□□□□□□□□です」

 9.「やっと大学入試 全部終わったのに
        また ドキドキするなんて思わなかった
      こんどはあなたに□□□□□□□いいですか」

 10.「何度 裏切られても
          それでもずっと大好きだった
              もう一回だけ □□□□□□□」
 

  答え。1.元気になった。2.いらない所。3.優しい太陽。4.君への気持ち、2人の思い出。5.結婚しよう。
       6.食欲。7.競争率の高い。8.最後のメッセージ。9.願書を出しても。10.許せばよかった。
                                                                                   (3行ラブレター引用)

 
  サラリーマン川柳 
 
 今回から穴埋めグイズ形式で、「短い言葉」の答えを考えて、あなたの創造力を高めましょう!

 
  1.「我が家では 子供ポケモン パパ□□□□。」
 
 2.「Iモード 妻にもほしい □モード。」
 
 3.「デジカメの エサはなんだと □に聞く。」
 
 4.「赤い糸 やがて夫婦は □□□□□。」
 
 5.「ドットコム どこが混むのと 聞く□□。」
 
 6.「コストダウン さけぶあんたが □□□高。」
 
 7.「脳みそは 重くないのに □□体。」
 
 8.「ストレスは なぜか□となり □となる。」 
  
 9.「タバコより 体に悪い 妻の□□。」
 
10.「二人とも 何か欠けてて いい□□。」
 
11.「窓ぎわで サラ川だけは □をあげ。」
 
12.「赤い糸 式が終われば □□の糸。」
 
13.「不景気でも 元気に育つ □□病。」
 
14.「すぐ切れる 娘とママと お□□い。」

15.「逆らわず いつも笑顔で □わず。」


 答え。1.ノケモン。2.愛。3.孫。4.コードレス。5.上司。6.コスト。7.肥満。8.血、肉。9.グチ。
    10.夫婦。11.腕。12.クモ。13.成人。14.小遣。15.従。

                   (平成サラリーマン川柳傑作選引用)

posted by 沖縄のホフマー at 23:01| Comment(0) | ティーダカンカン(ジョーク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

沖縄の文化と神話、ユダヤの文化と聖書の教えの類似性について  その3

shimasolt01.jpg島マースコーナー(あなたがたは、地の塩である)マタイ5:13
             その3

ハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜?


  テイーダカンカンコーナーその1で、かつて世界中の人々は、一つの民で、みな一つの言葉を話していたが、人々が高慢になり、神の警告に従わず、高いバベルの塔を築き始めたため、神の怒りに触れ、これまで一つの言葉を話していたのですが、お互いに話が通じなくなり、彼らは全地に散らされてしまったと話しました。 確かに、現在多くの異なった国々で異なった言語がありますが、その中にも、共通点があります。


 特に日本語とヘブライ語には、共通点が多々あります。幼いころよく「ジャン、ケン、ポン」をして遊びました。今でも順番を決める時や勝敗を決める時に使いますが、ヘブライ語では「ツバン、クェン、ポー」と言います。発音も似てますね。(グウ=(隠す)、チョキ=(準備する)、パー=来い)の意味です。 また「さようなら」には、ヘブライ語で「サィル、ニァラー」(悪魔よ追い払われよ)の意味があります。英語では、「Good-bye」と言い、「God be with you(神があなたと一緒にいますように・・)」の意味が省略されています。


英語の「History(歴史)」の語源は「His story(救い主の物語)」世界のあらゆる時代の歴史、あらゆる分野の歴史、国家、国民、社会,個人の歴史は、すべて救い主の教えに深く結びついています。


沖縄の祭りや綱引きの時に,囃子かける時に「ハーイヤー!」「ハーイヤー!」と大きな声で叫んでいますが、ヘブライ語の「ハーイー!」は「命」「生きる」「ヤー!」は「神様」を表しています。ですから、「神は生きている!」「神は命!」と言う意味です。わたしたちは、この意味も分からずに、ただ叫んでいますが、わたしたちの先祖は、その意味をよく理解していたのかもしれません。


沖縄の神話や文化とユダヤの文化や聖書の教えの類似性について検証してみましょう。


 沖縄の風習に、捧げ物の塩があります。供え物と一緒に供える。葬儀の後に清めの塩を振る。神事には、欠かせない聖く大切な物でした。


● マースデー(塩代)
赤ちゃんが生まれると、「マースデー」として祝い金をあげる。それはこの子が一生の生活に困らないようにとの思いが込められています。
島塩は神の守り、祝福を表し、特別な取り扱いや分け前をあたえる。塩は清めや癒し(地の悪を取り、水を清める)にも使われました。
塩の契約を持つ人になることは、その人を通して癒し、清める働きができる。
 
「あなたの穀物の捧げものにはすべて、塩で味をつけんければならない。あなたの穀物の捧げものにあなたの神の契約の塩を欠かしては
 ならない。あなたの捧げものには,いつでも塩を添えてささげなければならない。」 (レビ2:13)

● 中神(柱)
沖縄の神は、三本の香で表します。四隅(十二香)の拝みの後、屋敷の中で中神の神を拝む儀式の中心になります。沖縄の三神は、
1.天の神、2.女から生まれた神(又は左の神)、3.天から下った火の神がおられると信じられています。それは、聖書に出てくる
1.天の父なる神様、2.処女マリヤから生まれた御子イエス・キリスト、3.天から下った聖霊なる神と一致します。 面白いですね。


● ナーチャミー(三日後)女の墓参り
人が死んだら、首里では、葬式の三日後に、女の墓参りというのをする。首里以外の地方では、アーチャミー(翌日参り)であるようで
すが、この墓参りには、男は行かないようです。キリストが死んでから、三日後に、マグダラのマリヤやほかの女たちが、墓参りをした
らキリストは復活していたという聖書の聖句とよく似た話であり、女ばかりの墓参りといい、三日目の出来事と言い、何らかの関連があ
るように思います。

 
  沖縄の神話


● ミントングスクの謎

ニライカナイとは、東の海のはるかかなたに理想郷がある。そこからアマミキヨ族がやって来て、上陸してから住まいとした聖地が、
ミントングスクと言われている。ウチナンチュの先祖はこの地から発祥して、各地に散り、かつ繁栄した。民間伝承に「元屋(むうとぅや)
はミントン」という言葉があるように、ウチナンチュは、東の海のはるかかなたから渡来した民族の祖先を忘れたことがなかった。

「アマミキヨ」とは、「誰のことでしょう。」アマミとは、海(アマ)または天(アマ)であり、海人(アマ)が転化したもの、キヨとは、人のことです。
古代海人(アマ)たちは、東方の海域で、活躍していた海洋民族のようです。一説には「奄美の人」とも言われています。


「ニライカナイ」の「ニライ」とは、「ニルヤ、」「ネリヤ、」「ニロー」など島によって、異なった名称で呼ばれています。「東の海のかなたに、
満ち足りた国、」「あらゆるものの根元の国が存在する。」といった思想、信仰があります。「カナイ」とは、イスラエルの民の約束の地
「カナン」と同意語のように感じられます。

ミントングスクは、現在の南城市玉城仲村渠にあります。グスクと言っても城跡ではなく、住居跡であり、同時に拝所であり、墓地でもありま
した。 かつては石積で囲まれていた祭祀跡でもあります。標高110m、古代にはクバが生い茂っていたというこの”聖なる森”はニライ
カナイから渡来したアマミキオが、百名海岸のヤハラズカサの浜に上陸し、近くの浜川御嶽で仮住まいしたのち、安住の後と定めた場所
です。

「中山世鑑」には、アマミキヨ女神(国母)シネリキヨ男神(国父)として、子孫が繁栄して、沖縄中に広がっていったと伝えています
アマミキヨには、3男2女が生まれた。長男は首里天孫子と名乗る初代国王となった。次男は按司の始まり、三男は農業の指導者、
長女は君々の聞得大君の始まり、次女はノロの始まりとなった。アマミキヨは何回も渡来し、その方たちは、みなアマミキヨ神と呼ばれた。
そして、彼らが、定住したこのミントングスクには、


● 4つの香炉とひとつの位牌が安置されています。
現在、祭壇には、左から「シネリキヨ」、「アマミキヨ」、「天孫子」、「明東」があり、中央に位牌があります。


● 「12菊」に「三つ巴」神紋
神壇に彫刻された神紋、「12葉の菊」に「三つ巴」を重ね合わせたデザインになっています。琉球王朝の紋は、左巻きの「三つ巴」ですが、
こちらは、右巻きの「三つ巴」です。ミントングスクの先代当主が自ら彫刻したものだと言われています。神紋の意味は、「12部族」、
「12人の子供」、「三位三体」、「光の三原素」などいろいろな説があるようです。

この神紋と琉球王国の紋「三つ巴」は、日本の三種の神器のひとつである、勾玉を表しています。この勾玉の形は、ヘブル語の「ヨッド」を表し、ユダヤ教の神、ヤハウェの頭文字を表しています。

● ニライカナイの遥拝所
石段を上がった神域に、ニライカナイへの遥拝所(拝む位置に香炉が置かれてある)がある。高地聖所であるミントングスクは太陽崇拝
の祭壇であり、「東の海の向こうにある理想郷を拝む場所」のはずが、実は西を向いている。ニライカナイはどこにあるのだろうか?
ニライカナイ信仰は、水平思想なので、どの方向から祈っても願いはかなえられると言うことなのでしょうか?


● 半球の石
ミントン家の根所(祭祀場)には、直径50cmほどの「半球の石」と「火の神」と「香炉」が祀られています。根所は戦争で焼失したが
戦後になって再建された拝所に、「半球の石」が祀られています。これは「地球の半分」を表していて、あとの半分はニライカナイにあり、それが一つになるとき(ウリムとトンミム)すべてが明らかになるのでしょうか?


● アマミキヨの神面
戦争以前、ミントングスクには、二本の角が生えた「アマミキヨの神面」が祀られていたが、戦火により焼失したが、2009年に復元された。
何故、二本の角があったのか?不思議ですね。

 確か、ルネッサンス時代の大天才画家レオナルド・ダビンチのライバルであった、ミケランジェロの「モーセの彫刻」の前頭にも二本の角が
あります。それは、神から啓示を受けて顔から光が反射していることを、表しています。

 アマミキヨの神面は昔は「粘土でできていた」と言われています。昔のお葬式で、人が亡くなりますと「アダマーの神様、これらかそちら
へ行く(故人の名前)をよろしくお願いします。」と冥福を祈っていました。 この「アダマー」はヘブル語で、土を表しています。

「・・・あなたは土から造られたのだから、死んだら土(アダマー)に帰る。」(創3:19)
アマミキヨが、アダマーの神であるなら、男性の神ではないでしょうか? あなたはどう思いますか?

 
 
 
posted by 沖縄のホフマー at 12:58| Comment(0) | 島マース(英智) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

沖縄の伝統と聖書の教えとの類似性について

「ウチナ〜moon のチムグクル」&「タルム〜ドの心」
                                                     その3

tomoehoshi02.jpgハイサイ!
Are you チャ〜ガンジュ〜?

沖縄には、数多くの伝説や風習があります。特に、信仰に関して、ニライカナイ信仰、御嶽信仰、祖先崇拝、オナリ信仰、火の神など、数々の霊的「パワースポット」があります。今、一番観光客から注目を浴びている場所ですね。それらは、すべて神にかかわるもので、先祖代々、子孫の繁栄と幸せのために受け継がれてきました。それゆえ沖縄は「神々の島」「信仰篤き民」と呼ばれています。

事実、その通りだと思いますが、何故、沖縄にだけ特別なのか? わたしには理解できませんでした。しかし、聖書の中に、主は言われた「私にはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼いとなるであろう。」(ヨハネ10:16)とあります。

この聖句を読んだとき、何故か、胸が熱くなりました。沖縄にあるこれらの信仰は、別々のものではなく、聖書の教えと深く結びついていることを発見しました。「沖縄流的心」と「ユダヤ流的心」の類似性について、沖縄のルーツを共に検証してみましょう!本当に面白いですよ。 いにしえのウチナ〜チュの心意気を感じます。

1.人類発祥神話 (古宇利島とエデンの園)

 古宇利島の神話

昔、古宇利島に男の子と女の子が住んでいました。二人は生まれたままの姿をはずかしく思わず、毎日、天から神様が落としてくれる餅を食べて暮らしていました。ところが、知恵のついた二人が食べ残した餅を蓄えるようになったのを知った神は、その日から 餅を落とすのをやめてしまいました。(餅のことをヘブライ語で「マナ」といいます)

二人は、嘆き悲しんで、天のお月様にむかって「大きな餅を恵んでください」と、何回も懇願したが、餅は二度と落ちてきませんでした。

ある日、二人は浜辺で、ジュゴンの交尾を見て、初めて男女の交わりを知り、お互いの裸をクバの葉で隠すようになりました。そして生きるために働きました。古宇利島の住人はこの二人の子孫であり、ここから琉球の島々に人々が増えていったと伝えられています。

 聖書のアダムとエバ

「神である主は、自分の形に創造し、男と女に創造した。……そして、東の方、エデンに園を設けて、その造った人をそこに置いた。」(創1:27、2:8)

「しかし、神は上なる大空に命じて、天の戸を開き、彼らの上にマナを降らせて食べさせ、天の穀物を彼らに与えられた。」(詩78:23〜24)

モーセは言った「誰も、それを、朝まで残しておいてはならない。」(出16:19)

2.祭壇の生け贄(義本王とイサク)

 義本王の生け贄 (玉城城の神話)

義本王は琉球国最初の王統「舜天王統」の三代目の国王で44歳で即位しました。しかし、義本王が即位してのち、飢饉と疫病で国民の半数が死んでしまいました。失意の王に、白髪の老人が現れて「神様の心をなだめるためには、祭壇を設けて、火あぶりにしなければならない。」とすぐに祭壇が作られ、 義本王は縄で縛られてしまいました。白髪の老人が火を放ちました。火は勢いよく燃え上って、王の身体に燃え移ろうと したその瞬間、大地が揺れるほどの大落雷とともに、大雨が降りました。火は消え、「これは神様のお赦しがあった。」と白髪の老人が言いました。そして神様に感謝しました。(王様自身が、いけにえにされると言う伝説は、初めて知りました。 珍しいですね。)

 聖書のイサクの生け贄

神は言われた「あなたの子、あなたの愛するひとり子を連れて、モリヤの地に行きなさい。そして、わたしが示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」……アブラハムはその所に祭壇を築いた。そしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。アブラハムは手を伸ばし刀を取って自分の子イサクをほふろうとした。その時、主の天使が、彼を呼び、「わらべを手にかけてはならない。また、何も彼にしてはならない。いま、わたしはあなたが神を恐れる者であることが分かった。」(創22:2、9〜12)
 
この場所は、聖地であり、後世には、エルサレム神殿が建てられ、シオンの山とも呼ばれました。イエス・キリストが十字架にかけられた地でもあります。

3.誕生秘話 (尚円王とモーセ)

 尚円王の誕生秘話

昔、自分の赤子を亡くし、いつも嘆き悲しんでいる一人の伊是名の漁夫がいました。ある日、浜辺を歩いていると、波間に浮かぶ不思議な朱塗りの桶を見つけました。漁夫はすくい上げ、ふたを開けて見て、驚きました。赤子が入っていたのです。丁度、愛児を亡くしたばかりで、悲しんでいた漁夫は「神がさずけた、わが児の再来だ」と、とても喜んで連れ帰り、夫婦で大切に育てました。

夫婦の愛情を一身に受けて、赤子はすくすく育ち、やがて村でも評判の孝行な若者に成長しました。そして、その若者こそが、後に19代400年もの間続いた第二尚氏王統の始祖「尚円王」その人であったと伝えられています。その子が誰の子か、いまだに不明ですが、一説には義本王の流れをくむ者が辺土名の沖より流した赤子だと伝えられています。

 聖書の モーセの誕生秘話

さて、レビの家のひとりがレビの娘をめとった。女は身ごもって、男の子を生んだ。その可愛いのを見て、三か月の間隠していた。しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。……パロの娘が、身を洗おうと川に降りてきて、葦の中 の籠を見つけて、開けてみると、子供がいた。

……その子が成長して、パロの娘の息子になった。彼女はその子をモーセ名づけた。「水の中から私が引き上げたからです。」(出2:1〜10)後に、このモーセが、400年間、エジプトで奴隷になっていたイスラエルの民をエジプトから脱出させ、約束の地カナンに導き、神の民として歩む道を示した。

4.金の香炉 (首里城とソロモンの神殿)

 首里城の火の神  (テンペストの映画の中に出てきますよ)

沖縄の信仰の原型は、火の神です。昔から、女性は、火を絶やしてはいけないと言われていました。拝所には、通常三個の自然石を置いて、火の神として祀られています。首里城も例外ではなく、首里城正殿の二階おせんこみこちやの間には、火の神が祀られており、金の香炉があります。国王と神女が信仰を代々守ってきました。沖縄では、火の神といいます。この信仰は、どこから来たのでしょうか?

実は、ソロモン神殿にも同じかたちの金の香炉が置かれていたのです。大祭司以外は、そこに入ることは許されませんでした。

 聖書の祭司としてのレビ族

「また、第二の幕のうしろに、別の場所があり、それは至聖所と呼ばれた。そこには金の香炉と、全面金でおおわれた、契約の箱とが置かれ、その中には、マナの入っている金のツボと、芽を出したアロンの杖と、契約の石板とが入ってあり、」(ヘブル9:3〜4)

「また、別の御使いが出て来て、金の香炉を手に持って祭壇の前に立った。たくさんの香が彼に与えられていたが、これは、すべての聖徒の祈りに加えて、御座の前の金の祭壇の上にささげるためのものであった。」(黙8:3)

「アロンは、そのうえで香ばしい薫香をたかなければならない、朝ごとに、ともしびを整える時、これをたかなければならない。アロンは、また夕べにともしびをともす時にも、これをたかなければならない。」(出30:7〜8)

5.王の門 (首里城とエルサレム神殿)

 首里城の継世門

首里城の継世門は、外郭の門。すえつぎ御門。世継ぎの王が外からこの門を通って入られたので、その後、閉じられたままの門になっています。

 聖書には、次のように書かれています。

「彼が私を、聖所の東向きの外の門に連れ戻ると、門は閉じていた。主はわたしに仰せられた。「この門を閉じたままにしておけ、開いてはならない。ここから誰も、入ってはならない。イスラエルの神、主が、ここからはいったのだから、 これは閉じたままにしてけ。」(エゼキエル44:1〜2)

赤田町の弥勒(ミルク)祭りのとき、弥勒が子供たちを祝福しながら歩く、その時立ち寄るのが、継世門です。その門の階段に上り、祝うのです。弥勒は鉄の杖を持って歩きます。「赤田首里殿内」の古い琉歌については、次回、詳しく話しましょう。

「……彼は、鉄の杖を持って諸国民を治め、また、全能者である神の激しい怒りの酒ふねを踏む。その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」と言う名がしるされていた。」(黙19:15〜16)

 聖書の東の門

首里城の、この継世門には、右下から水が流れる口があって自然石が敷きつめられている。

エルサレム神殿の東の門にも、神殿の右下から水が流れる口がある。

「彼はわたしを神殿の入口に連れ戻した。見ると、水が神殿の敷居の下から東のほうへと流れでていた。神殿が東に向いていたからである。」(エゼキエル47:1)

6.聖地巡礼「東御廻り(あがりうまーい)」

沖縄にも、東方を巡回する年中行事がある。始祖アマミク族が、ニライカナイから渡来して住み着いたとされる聖地を巡拝する神行事です。天孫子ゆかりのある数か所の聖地が、首里城から見て、太陽が昇る東方に位置する東四間切(あがりゆまじり)、現在の、南城市玉城、知念、佐敷、大里に点在していることから、「東御廻り」と呼ばれています。

コースは、首里城の園比屋武御嶽→与那原新川→馬天御嶽→佐敷上城→知念ティダ御川→斎場御嶽→知念グスク→知念大川→ヤハラズカサ→受水走水→仲村淳樋川→ミントングスク→玉城グスク→そして園比屋武御嶽です。馬天御嶽から船に乗って久高島まで足を伸ばすコースもありました。この拝所は、ほとんどすべてが、聖水があります。井戸,樋川など、拝所ごとに様相は違っても、そこには香炉が置かれ、あたりに聖水の霊力が漂っている。

琉球王朝時代、国王と聞得大君による、国の繁栄と五穀豊穣を祈願するための神事として始められたものですが、やがて王族や士族だけでなく、平民層にも及び、三線やパーランクー(太鼓)を持参して、歌い踊りながら、楽しく廻ったようです。そして、門中行事として広まりました。

一方、聖書によると、イスラエルの民は、エジプトの地に400年間、奴隷の身で拘束されていました。そして、預言者モーセによって、エジプトから解放されて、荒野に脱出しましたが、すぐに約束の地、カナンに入ることができませんでした。彼らは東廻りをして、シナイ山にいき、神との契約である。「神の民」として、十戒を授かりますが、40年後にカナンの地に入ることが許されました。

荒野で仮の家に住んでいたことを思い起こす祭りとして、毎年,旧暦8月15日に「仮庵の祭り」を行っています。それは、「エルサレム巡礼」と言って、エルサレム市内のシロアムの池から神殿へ、男たちが黄金の器で、「生命の水」をくみ、夜にはシュロのたいまつを掲げて、楽器を持って、賛美を歌い、踊りながら運び、神殿に捧げました。

7.祖先崇拝(沖縄の位牌)

祖先崇拝の中心は、その位牌にあります。沖縄の各家庭に奉られています位牌には、たいてい、上下二段になっていて、中央に「帰真霊位」という文字が書かれています。この意味は、「人の霊は、死んだら、真の神のもとに帰る。また、人は土から造られました」と……。

上段には、男性の名前、下段には女性の名前が記されるように、個々の霊位が記入できるように木札がはめられています。その木札の裏には、その人の、生年月日、と死亡年月日が記されています。しかも、亡くなった順序に従い、右、左と交互に記入されます。女性の場合も同じです。

祖先崇拝では、人が亡くなってから、三十三年たったら、神になると信じられています。ですから、法要は、三十三年忌で終わります。何故でしょうか?

一方、聖書には、主なる神は、「土のチリで、人を造り、いのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きたものとなった。」(創2:7)

「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」(伝道12:7)

イエス・キリストは33年間、この地上で生活して、教えを説かれ、多くの人を癒し、慰め、励ましてくださいました。十字架上で、全人類の罪を贖うためにお亡くなりになりました。そして、三日目によみがえりました。

「このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。」(コロサイ3:1)と書かれています。すなわち、イエスは、よみがえられてから、神になられました。

わたしにとって、一番の「パワースポット」は、やはり首里城だと感じました。あなたはいかがでしようか?あなたのご意見も教えてください。
                                                                  (沖縄のルーツ紀行引用)



posted by 沖縄のホフマー at 11:01| Comment(0) | 沖縄・ユダヤ文化の類似性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。